三十六人集(西本願寺本)
 中務集 染紙(薄紫)・金銀砂子 清書用臨書用紙 (半懐紙)  戻る 『三十六人集』 粘葉本 一覧へ


三十六人集 染紙 『金銀砂子振』 花鳥折枝銀燻銀袷型打 (中務集 )
染紙(薄紫)金銀砂子振り 花鳥折枝銀燻銀袷型打

写真は半懐紙の為、臨書手本よりも一回り大きくなっております。
(本料紙は中務集第一紙の代用品です。花鳥折枝等は実物とは異なります。)


三十六人集 染紙 『金銀砂子振』 花鳥折枝銀燻銀袷型打 右上側部分拡大 (中務集 )   三十六人集 飛雲ぼかし 『金銀砂子振』 書手本(中務集 )
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 花鳥折枝銀燻銀袷型打部分拡大(右上側部分)  
 
三十六人集 染紙 『金銀砂子振』 花鳥折枝銀燻銀袷型打 左下部分拡大 (中務集 )
 
 花鳥折枝銀燻銀袷型打部分拡大(左下側部分)  


臨書手本

三十六人集 染紙 『金銀砂子振』 書手本拡大 (中務集 )  使用字母
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 中務集 染紙(薄紫) 金銀砂子  書手本 第二紙 縦6寸7分、横1尺5分5厘  使用字母及び解説へ
 光の反射で文字が見辛くなっている箇所が有りますが、ご了承ください。


歌番号は中務集での通し番号                    青色文字は使用字母

   中務のきみの子日


 野辺にいでて けふひきつれば 時はなる、

 まつのすえにも はるはきにけり


   いへのはなをみるところ

 のやまのも みるべきものを わがやどの、
 はなをながめて 日はくれにけり


   ふぢの花をみて、はるををしむ所

 ふぢのはな さくをみすてて ゆくはるは、
 うしろめたくや おもはざるらむ


   やまざとにほととぎすなく

 山ざとも まれらなりけり ほととぎす、
 まてともなかぬ こゑをきくかな


   たのほとりにかりしたり

 そでひぢて うえしはるより まもるたを、
 たれかはしらで かりにきつらむ


   九月九日きくのわたにおもてのこふ女

 おいにける 身にはしるしも しらぎくの、
 つゆの名たてに なりぬべきかな



   中務能幾美乃子日

 野辺爾以天々 个不比幾川礼波 時波奈類、

 末徒乃寸衛爾毛 者流波幾爾个利



    
以部能者那遠美類止己路

 乃也末能毛 美類部幾毛乃乎 和可也止乃、
 者那越奈可女天 日波久礼二計利


    布知乃花遠美天者類遠々志武所

 不知乃者那 左久遠見寸天々 遊久者留波、
 宇志呂女多久也 於毛波左留良武


    也末佐止爾本止々幾須奈久

 山佐止毛 末礼良奈利个里 保止々幾数、
 末天止无奈可奴 己衛遠幾久可那


    多能本止利爾可利志多利

 曾天比知天 宇衛之者類與利 末毛留多遠、
 多礼可波志良天 可利爾幾徒良武


   九月九日幾久能和多爾於毛天乃己不女

 於以爾个流 身爾波志流之毛 之良幾久能、
 川遊能名多天爾 奈利奴部支可那



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「禮」は「」とすることも。
「爾」は「尓」とすることも。
「个」は「介」とすることも。

「與」は「与」とすることも。

ふぢなみ
中務の君;醍醐天皇の弟で中務卿敦慶親王。


野辺に出かけて今日小松を引き若菜を摘めば、(常に緑であることから)永久不変の象徴と云われる松の枝先にも春はきっと訪れてきますよ。



野山の花も同じようにして観るべきなんでしょうけれども、我が家の庭の花を眺めて日がな一日中過ごしておりますよ。


藤の花の未だ美しく咲いているのを見捨てて過ぎ去って行こうとしている春は、その後どうなるのか気掛りだと思ったことは無いのでしょうか。



山里と雖も近頃では稀であったと云うことでしょう、時鳥が恋しい人を待ってなさいよとも鳴きもしないのに、(それでもその鳴く)声を聞きたいものですね。

まれ
稀ら;稀。極たまにしか起こらないこと。「ら」は接尾語。語調を整える物。


袖を濡らしてまで苦労して植えて春からすっと丹精込めて育てている田圃を、誰かは知らないで狩に来てしまったのでしょう


つらむ;…たのだろう。…ただろう、完了の助動詞「つ」の終止形に推量の助動詞「らむ」の接続したもの。


きくのわた
菊の綿;菊の花にかぶせてその香りを移した綿。陰暦九月九日の重陽の節句に、前の夜菊の花に被せておき、翌朝露と香のしみ込んだ綿を取り、その綿で身を拭うと長寿を保つと云われていた。


年老いてしまった身には(そこかしこに)その兆しも現れてきてしまっているけれども、白菊の露の名を盾に(若返りまでは望まないけどせめて)老化防止には成ってしまわないかな。(きっと老化防止になってくれるでしょうよ。)




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中務;平安中期の歌人で三十六歌仙の一人。古今和歌集を勅撰したことで知られる醍醐天皇の皇弟で中務省長官、中務卿敦慶親王の王女。家集は『中務集』、天暦・天徳歌合せの作者。母はやはり三十六歌仙の一人、伊勢。

てんとくうたあわせ
天徳歌合;天徳四年三月三十日宮中清涼殿で催された歌合であり、12題20番を採った。これ以後の歌合の規範となり、天徳四年内裏歌合とも称された。


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