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田中親美模作本 その2-4  
元永本古今和歌集の模作本です。元永本古今和歌集については、飯島春敬先生の解説と小松茂美先生の解説とで解釈に若干の差異が御座いますので、料紙制作の立場上加工につきましては、親美先生を含めた三者の解説を基に総合的な判断を行い独自の解釈を行っております。特に色の表現につきましては、現在の見た目と異なり臨書用紙ではやや新作感の残るものとなっております。以下に一部を掲載しておきますので参考にして下さい。

元々の料紙は表・具引唐紙、裏・装飾料紙(染金銀切箔砂子)で、白・紫・黄(黄茶系)・赤(赤茶系)・緑で15種類の唐紙模様が使われています。
1折には同柄5枚(小口10枚、項にして20項分)の唐紙料紙が使用されております。(但し上巻第10折のみ2柄使用)第1折実際の並び順へ

項=ページのことです。(解説中の項数は、それぞれの第○○折中での項数になります。)

元永古今集 下巻 第20折 具引唐紙(具引空摺) 『花唐草裏面』 金銀小切箔 拡大  (戻る 一覧へ) 元永古今集 下巻 第7折 具引唐紙(白雲母摺) 『丸獅子唐草』 拡大へ
元永古今集 下巻 第18折 小唐草 拡大へ 元永古今集 下巻 第18折 小唐草 拡大へ
元永古今集 下巻 第7折 具引唐紙(白雲母摺) 『丸獅子唐草』 拡大へ 元永古今集 下巻 第7折 具引唐紙 『丸獅子唐草裏面』 銀小切箔砂子 拡大へ
元永古今集 下巻 第6折 巻第十四 恋歌四 『獅子唐草』 拡大へ 元永古今集 下巻 第6折 巻第十四 恋歌四 『獅子唐草』 拡大へ
元永古今集 下巻 第3折 具引唐紙 『花襷紋裏面』 金銀小切箔 拡大へ 元永古今集 下巻 第2折 具引唐紙(具引空摺) 『芥子唐草裏面』 拡大へ
元永古今集 下巻 第1折 具引唐紙(具引空摺) 『花唐草』 拡大へ 元永古今集 下巻 第5折 具引唐紙(白雲母摺) 『孔雀唐草』 拡大へ
 下巻第20折 第7折
金銀切箔 丸獅子唐草
 下巻 第18折
     小唐草
 下巻 第7折
丸獅子唐草 金銀切箔
 下巻 第6折
  3項 獅子唐草 2項
 下巻第3折   第2折
  金銀小切箔砂子
 下巻第1折
 花唐草
元永古今集 下巻 第10折 素色(白1) 巻第十七 雑歌上 『銀砂子振』 拡大へ 元永古今集 下巻 第10折 素色(白2) 巻第十七 雑歌上 『銀砂子振』 拡大へ
元永古今集 下巻 第10折 紫(淡) 巻第十六 哀傷歌 『金銀小切箔振』 拡大へ 元永古今集 下巻 第10折 紫(中) 巻第十六 哀傷歌 『金銀小切箔振』 拡大へ
元永古今集 下巻 第10折 紫(中) 巻第十六 哀傷歌 『花襷紋』 拡大へ 元永古今集 下巻 第9折(濃) 巻第十六 哀傷歌 『金銀小切箔振』 拡大へ
元永古今集 下巻 第9折 素色(白2) 巻第十六 哀傷歌 『銀小切箔振』 拡大へ 元永古今集 下巻 第9折 素色(白1) 巻第十六 哀傷歌 『銀砂子振』 拡大へ
元永古今集 下巻 恋歌五 第8折(白1) 空摺唐紙 『大波紋』 拡大へ   元永古今集 下巻 恋歌五 第8折(淡) 空摺唐紙 『大波紋』 拡大へ  
元永古今集 下巻 恋歌五 第8折(中) 空摺唐紙 『大波紋』 拡大へ   元永古今集 下巻 恋歌五 第8折(濃) 空摺唐紙 『大波紋』 拡大へ  
 下巻第10折 花襷紋裏
 銀砂子振
 下巻第10折 花襷紋裏面
   『金銀小切箔』
 下巻第10折 下巻第9折
『花襷紋』 『金銀小切箔』
 下巻第9折 菱唐草裏面
『銀小切箔』 『銀砂子』
 下巻 第8折 空摺唐紙
 7項 『大波紋』 6項
  下巻 第8折空摺唐紙
 3項 『大波紋』 2項
元永古今集 巻第廿 大歌所御歌 下巻 第九十六紙 具引唐紙(具引空摺) 『花唐草』 拡大へ 元永古今集 巻第廿 大歌所御歌 下巻 第九十六紙 具引唐紙(具引空摺) 『花唐草』 拡大へ
元永古今集 巻第廿 大歌所御歌 下巻 第九十五紙裏 具引・白色(白2) 丸唐草裏面 『銀砂子振』 拡大へ 元永古今集 巻第廿 大歌所御歌 下巻 第九十四紙裏 具引・白色(白1) 丸唐草裏面 『銀砂子振』 拡大へ
元永古今集 巻第十九 短歌 下巻 第九十二紙 薄黄茶(中) 具引唐紙 『丸唐草』 拡大へ 元永古今集 巻第十九 短歌 下巻 第九十一紙 渋黄茶(濃) 具引唐紙 『丸唐草』 拡大へ
元永古今集 巻第十九 短歌 下巻 第九十一紙裏 染・黄茶(濃) 丸唐草裏面 『金銀小切箔振』 拡大へ 元永古今集 巻第十九 短歌 下巻 第八十六紙裏 染・薄渋黄(濃) 小唐草裏面 『金銀小切箔振』 拡大へ
元永古今集 下巻 第13折 具引唐紙(具引空摺) 『二重亀甲紋』 拡大へ 元永古今集 下巻 第13折 具引唐紙(具引空摺) 『二重亀甲紋』 拡大へ
元永古今集 巻第十七 雑部歌上 下巻 第12折 具引唐紙(白雲母摺) 『孔雀唐草』 拡大へ 元永古今集 巻第十七 雑部歌上 下巻 第12折 白1 具引唐紙(白雲母摺) 『孔雀唐草』 拡大へ
    下巻 第20折
  3項 花唐草 2項
下巻 第19折 
丸唐草裏面 銀砂子振
   下巻 第19折
  3項 丸唐草 2項
下巻 第19折 第18折
丸唐草裏面 小唐草裏面
下巻 第13折 空摺唐紙
11項 『二重亀甲紋』 10項
 下巻第12折 孔雀唐草
  15項     14項



古今和歌集巻第十七 雑歌上 下巻 第12折 (第四紙表面右項)
元永古今集 巻第十七 雑部歌上 下巻 第12折 白1 具引唐紙(白雲母摺) 『孔雀唐草』 拡大 (戻る 一覧へ)    孔雀唐草表面(白具引)
下地の薄赤茶色は染紙の経年変化による褐変含む(



下巻
第12折(濃・中・淡・白1・白2の内白1、右項)
第12折中の14項目(白具引孔雀唐草の表面)


解説及び使用字母へ
茶字は前項に在り










清書用 具引唐紙(白色1)『孔雀唐草』
元永古今集 下巻 第五十九紙表面 白 具引唐紙 『孔雀唐草』 拡大へ
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 下巻第12折 第14項 第四紙 白色(白1) 具引唐紙表面 『孔雀唐草』
古今和歌集 下巻 巻第十七 雑歌上
下巻通しで第五十九紙、234項目
              かな
              使用字母         解釈(現代語訳)へ

                
いせ
934 さいほう
 裁縫は ぬきぬきし人も なきものを
                
らん
 なにやまひめの ぬのさらす覧

  
すざくいんのみかど     たき ご らん
  朱雀院帝ふるの滝御覧
             
なのか
  せむとて、ふづきの七日お
       
あり      おほん
  はしまして在ける時に御
     
さぶらふひとびと    よま
  ともに候人々に歌読させ



               
以世
934   

 裁縫 奴幾奴幾之人毛 奈支毛乃乎

 奈爾也末比女乃 奴乃左良須覧


  朱雀院帝不留瀧御覧

  世武止弖、布川支乃七日於

  者之末之天在个留時爾御

  止毛爾候人々爾歌読佐世


             現代語訳               解釈          解説及び使用字母へ 


                      

                      伊勢


934

「裁縫は抜き抜きし人も無きものを、なに山姫の布晒すらん」
裁縫の随分と秀でた人も居ないのですが、どうして山姫は布を晒しているのでしょうね。
或は
「裁縫は抜きぬ来し人も無きものを、なに山姫の布晒すらん」
裁縫の糸は抜きませんよ来る人も在りませんから、なのに何故山の女神は布を晒しているのでしょうか。


  朱雀院の天皇が布留の滝を見物なされようとして
  文月(七月)の七日にお出かけになられて
  その然る時にお供としてお仕えなされている者たちに
  歌などお詠みさせられ
ましたので詠んだ歌





870

(針仕事の随分と秀でた人もここには居ないのですが、どうして山の女神様はわざわざ見える様に裁縫の為の布を晒しているのでしょうね。)との意。山奥の古寺に籠っている時に白く流れ落ちる滝を見て詠んだ歌。

或は
(裁縫をする為の糸は抜きませんよ、解体して洗って後に仕立て直した衣服を着る為に、ここまで来てくれる人も在りませんから、なのに何故山の女神は裁縫せよとばかりに布を晒しているのでしょうか。)との意で、独り身の辛さを募らせる意を詠んだ歌とも取れる。

何;なぜ…か。何故…か。疑問・反語の意を表す副詞。
やまひめ
山姫;山を守り、山の事全般を司る女神。



 

ぞ う か
雑歌;和歌の分類の一つ。広義には四季(春・夏・秋・冬)・恋(相聞含む)以外のもの。狭義には四季・恋の他に賀・離別・羇旅・物名・哀傷(挽歌含む)等の分類に属さない雑多な部類の歌。
き り ょ
羇旅;和歌の部立ての一つ。旅に関する感想を詠じたもの。羇=旅・旅行の意(元は馬に跨って行く旅、後馬車など馬でする旅の意にも)



いせ
伊勢;平安中期の歌人で三十六歌仙の一人。伊勢守藤原継蔭の女(娘)で宇多天皇の子供(行明親王)を産んで伊勢の御とも称されたが、皇子は早くに亡くなってしまう。同じく三十六歌仙の一人である中務の母でもある。元々は宇多天皇の中宮温子に仕えていたが、やがて天皇の寵愛を得る事となった。更に後には敦慶親王と親しくなり生れたのが中務となる。古今集時代の代表的な女流歌人で、上品で優美な歌を得意として古今和歌集以下の勅撰集に約180首もの歌が残る。生没年不詳、877年頃~938年頃。

さいほう
裁縫;布を衣服にする為に切揃えて縫い上げる事。

ぬの   くず
布;麻・葛・からむし等の繊維で織った織物の総称で、絹に対する語。通常は水や陽に晒して白くしたものを用いるため、流れ落ちる滝の水を布に見立てて和歌に用いる。瀑布(ばくふ=滝)=曝された布の意。
からむし
苧;イラクサ科の多年草で、茎は多少木質化しており高さ約1.5メートル程になる。夏秋の頃に淡緑色の小花を穂状に付ける。茎の皮から青苧と呼ばれる繊維を採取し、糸を精製して現在でも越後縮緬などの布を織る。木綿布以前の代表的繊維で今でも栽培されている。苧麻・草真麻とも云う。
さら
晒す;布などを白くするために水で洗ったり、日光に当てて白く脱色させる。また、人々の目に触れるようにする。





                                                                       ページトップ アイコン 

古今和歌集巻第十七 雑歌上 下巻 第12折 (第三紙表面左項)
元永古今集 下巻 第10折 素色(白1) 巻第十七 雑歌上 『銀砂子振』 拡大  (戻る 一覧へ)    淡黄茶色(淡色具引)

孔雀唐草表面



下巻
第12折(濃・中・淡・白1・白2の内淡色、左項)
第12折中の15項目(表面料紙の左項)


解説及び使用字母へ










清書用 具引唐紙(薄黄茶)『孔雀唐草』
元永古今集 下巻 第五十八紙表面 薄黄茶(淡) 具引唐紙 『孔雀唐草』 拡大へ
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 下巻第10折 第13項 第四紙表面 薄黄茶色 具引唐紙 『孔雀唐草』
古今和歌集 下巻 巻第十七 雑歌上
下巻通しで第五十八紙、235項目
              かな
              使用字母         解釈(現代語訳)へ

   たまうければよめる
                  
たちばなのながもり
                  橘長盛

935 あるじな            たなばた
 主無くて さらせるぬのを 織女に
 
わがこころ    けふ   から
 吾心とや 今日は借まし


   
       おと 
   比えの山なる音はのたきを

   みてよめる
                  
ただみね
                  忠岑



   多末宇个礼者與女留

                   橘長盛

935
 主無久天 左良世留奴乃遠 織女二

 吾心止也 今日八借猿子



   比衣能山奈留音葉能多支遠

   美天與女留

                 忠岑


             現代語訳               解釈          解説及び使用字母へ 

  歌などお詠みさせられましたので詠んだ歌

                          橘長盛

935

「主無くて晒せる布を織女に、我が心とや今日は借らまし」
着こなす主人もいなくて晒してある布を七夕に、私の心だとでもいうのか、今日は借用したら良いのにね。


   比叡の山中にある音羽の滝を
   見て詠んだ歌

                      壬生忠岑



935

(身に着けてもらう人もいなくて晒してある布を今宵の七夕に因んで、予てからの私の思いだとでもいうのでしょうか、もしそうだとするなら今日はその布を借用出来たら良かっただろうにね。)との意。訪れた滝を見て七夕に因んで布に見立てて詠んだ歌。

まし;…たら良かった。…たら良い。単独で用いて仮定の条件を含んでの仮想の意を表す。又は疑問の意を表す語と共に用いて決断しかねる意を表す助動詞。…たら良いだろう。…たものだろう。

おとは
音羽の滝;現在の京都市東山区清水寺内の音羽川にかかる滝で、古来より霊水とされていた。


 

たちばなのながもり
                  おはりのかみ     たちばなのあきざね           だいぜんだいぶ         たちばなのはるなり
橘長盛;平安時代前期の貴族で歌人。尾張守であった橘秋実の七男として生まれ、大膳大夫として仕えていた橘春成の孫にあたる。大膳職その他を経て遂には長門守となり、最終官位は従五位下。宇多天皇の布引の滝行幸に随行し、その時に詠んだ歌が1首ここ(古今集)に収録されている。生没年不詳。

だいぜんしき
大膳職;律令制での宮内省に属し、天皇の料理番や儀式の際など臣下に賜る食事等を含め、宮中の会食の料理などを司った役所。大夫は大膳職の長官。


たなばた                 たなばた                      はた                       しょくじょせい けんぎゅうせい
織女;七夕(たなばた)。元の意は棚機(横板である棚の付いた織機の意)で機を織る女性の意。天の川の両岸にある織女星と牽牛星とが年に一度、天帝から許されて相会することの出来る陰暦七月七日の夜に星を祀って楽しむ行事。織女が川を渡る際には鵲が連なり橋となったとされる。地上では男女の逢瀬になぞらえてこの日を過ごす習わし。
「棚機」と書くのはこの日、川辺に棚を設け機で織った布を身に着けて川に入る禊を、女性が行っていたからと云うもの。これとは別にお盆を前にした儀礼とするとの説もある。

ぬの   くず
布;麻・葛・からむし等の繊維で織った織物の総称で、絹に対する語。通常は水や陽に晒して白くしたものを用いるため、流れ落ちる滝の水を布に見立てて和歌に用いる。瀑布(ばくふ=滝)=曝された布の意。

からむし
苧;イラクサ科の多年草で、茎は多少木質化しており高さ約1.5メートル程になる。夏秋の頃に淡緑色の小花を穂状に付ける。茎の皮から青苧と呼ばれる繊維を採取し、糸を精製して現在でも越後縮緬などの布を織る。木綿布以前の代表的繊維で今でも栽培されている。苧麻(ちょま)・草真麻(くさまお)とも云う。
さら
晒す;布などを白くするために水で洗ったり、日光に当てて白く脱色させる。また、人々の目に触れるようにする。


みぶのただみね
壬生忠岑;平安時代前期の歌人で、三十六歌仙の一人。下級官吏でありながらも和歌に優れ、師である紀貫之らと共に古今和歌集を撰した。温和で澄明な叙景歌が多い事で知られ、古今集以下の勅撰集に81首が入集する。歌論書に和歌体十種(忠岑十体)、家集に歌126首を収めた忠岑集が有る。生没年不詳。



                                                                       ページトップ アイコン
 

古今和歌集巻第十八 雑部歌下 下巻 第13折 (第五紙表面右項)
元永古今集 下巻 第13折 具引唐紙(空摺唐紙) 『二重亀甲紋』 拡大  (戻る 一覧へ)   米亀甲紋表面(白色具引)
下地の薄赤茶色は染紙の経年変化による褐変含む(地の部分、写真は本来の色味が出ておりません)



下巻
第13折(濃・中・淡・白1・白2の内白2 右項)
第13折中の10項目


解説及び使用字母へ
茶字は前項に在り








二重亀甲紋表面(米亀甲紋)

元永古今集 下巻 白具引2 具引唐紙(空摺唐紙) 『二重亀甲紋』 拡大へ 
この部分の料紙へ

 下巻第13折 第10項 第五紙 白色(2)具引唐紙表面 『二重亀甲紋(米亀甲紋)』
古今和歌集巻第十八 雑部歌下
下巻通しで第六十五紙表面、250項目
              かな
              使用字母         解釈(現代語訳)へ

 けれ

                   
ふ る の い ま み ち
                   布留今道

954
 しりにけむ ききてもいとへ よ

 のなかは、なみのさわぎに かぜ

 ぞふくめる

                   
そ せ い ほ う し
                   素性法師




 希禮


                   布留今道

954
 志里爾希無 支々天毛以止部 與

 濃奈可波、奈三乃佐和支爾 可世

 所不九女留


                   素性法師



             現代語訳               解釈          解説及び使用字母へ 
                      これたかのみこ
                      惟喬親王

953
白雲の絶えず棚引く峰に谷、住めば澄みぬる世にこそありけれ」 
白雲が絶えず棚引いている峰や谷であるが、住めば住むことの出来る世界でこそ有ったということである。



                      布留今道

954
「知りにけむ聞きても厭へ世の中は、波の騒ぎに風ぞ吹くめる」
知ったのだろう、聞いたところで疎まれるだろうからね。世の中と云う物は波が騒めき立つことで、ああ!風が吹いているのだなあと気付くから。



                      素性法師




953
白い雲が何時でも湧きあがったり消えたり山に架かったり流れたりしている峰や谷でさへも、住んでいれば靄も晴れて住んで納得のいく住処で有ったという事ですよ。)との意を詠んだ歌。

たに;「谷」と「だに」との掛詞。
すみ;「住み」と「澄み(現実の靄が晴れる様に心の靄も晴れる)」との掛詞。

954
(何となく解ったのだろう、あれこれと聞いた処で嫌がられるだろうから。世の中と云うものは波が荒立つことで、ああ!風が吹いているのだなあと気付くものだからね。)

けむ;…ただろう。…っていたのだろう。過去の事実について想像する意を表す。

いと
   
厭ふ;疎ましく思う。嫌だと感じる。又「世を厭う」の形で世俗を嫌って避ける。出家する。

める;…と見える。…らしい。その様に見えている意を表すラ変型動詞「見あり」が詰まった語「めり」の連体形。(係助詞「ぞ」を受けての)



ふるのいまみち
布留今道;平安前期の貴族で歌人。古今和歌集には歌は全て合わせても僅か3首と少ない。歌人としての詳細は資料に乏しく、地方官を歴任し官位は三河介として従五位下。生没年不詳。

そ せ い ほ う し
 
へんじょう        よしみねのはるとし          うんりんいん                 よしよりのあそん
素性法師;遍照の子、俗名は良峯玄利と云い、出家して雲林院に住み歌僧となる。またの名を良因朝臣とも云う。三十六歌仙の一人で、剃髪前は清和天皇に仕えていた。歌風は軽妙で力強いものがある。家集に素性集が有る。生没年不詳。


953                                     
これたかのみこ
「白雲の絶えず棚引く峰に谷、住めば澄みぬる世にこそありけれ」  惟喬親王
 
使用字母 「志良久毛能 多衣須多奈比久 岑二谷爾、寸女波春美奴留 與爾己曾安利希禮」
(白雲が絶えず棚引いている峰や谷の如く常に心の晴れることの無い私ではあるが、住んでいれば靄も晴れて住んで納得のいく世界で有ったという事ですよ。)との意を詠んだ歌。

これたかのみこ  もんとくてんのう             きのなとち
惟喬親王;文徳天皇の第一皇子で、母は紀名虎の娘静子。大宰帥、常陸守、上野太守を歴任。同じく第四皇子である惟仁親王(後の清和天皇)の外戚藤原良房の力が強すぎて、出自の低さを問われ第一皇子でありながら皇位継承はならなかった。剃髪して山城の國愛宕郡にある小野の里に隠棲して小野宮と云われた。木地師の間では伝承によりその祖とされている。生年844年~没年897年


                                                                       ページトップ アイコン 

古今和歌集巻第十八 雑部歌下 下巻 第13折 (第五紙表面左項)
 元永古今集 下巻 第6折 具引唐紙(黄雲母) 『獅子唐草』 拡大  (戻る 一覧へ)   米亀甲紋表面(白色具引)
下地の薄赤茶色は染紙の経年変化による褐変含む(地の部分、写真は本来の色味が出ておりません)


下巻
第13折(濃・中・淡・白1・白2の内白2 左項)
第13折中の11項目


解説及び使用字母へ









二重亀甲紋表面(米亀甲紋)

元永古今集 下巻 白具引2 具引唐紙(空摺唐紙) 『二重亀甲紋』 拡大へ 

この部分の料紙へ
 下巻第13折 第11項 第五紙 白色(2)具引唐紙表面 『二重亀甲紋(米亀甲紋)』
古今和歌集巻第十八 雑部歌下
下巻通しで第六十五紙表面、251項目
              かな
              使用字母        解釈(現代語訳)へ

                素性法師

955
 いづくにか よをばいとはむ こころ

 こそ、のにも山にも まどふべら

 なれ


                読人しらず

956
 よのなかは むかしよりやは うかり

 けむ、わが身ひとつの ためになれる

 か



                 素性法師

955
 以都久仁可 與遠波以止波無 己々呂

 己楚、能爾毛山仁毛 末止不部良

 那禮


                 読人之良須


956
 與乃奈可波 无可之與利也者 宇可利

 个无、和可身悲止川能 多女爾奈礼留

 香



             現代語訳
 
             解釈          解説及び使用字母へ 

                      素性法師

955
「何処にか世をば厭はむ心こそ、野にも山にも惑ふべらなれ」
何処かに有るのだろうか、俗世間を嫌って避けようとする内心が、野でも山でも心惑わされているばかりですよ。




                      詠み人不明

956
「世の中は昔よりやは憂かりけむ、我が身一つの為に成れるか」
世の中は昔よりかは生き辛くなってしまったのだろうか、自分自身の為だけに生きる事が出来ようか。否、出来はしないだろう。
或は
「世の中は昔よりやは憂かりけむ、我が身一つの為に慣れるか」
世の中は昔よりかは気疲れが多くなってしまったのかなあ、自分自身の為に経験を重ねて慣れるとするか。





(心の何処かに有るのだろうか、憂き世の中を嫌がって避けようとするうら心が、野に居ても山に居てもあれこれと思い悩んで狼狽えているばかりですよ。)との意で、惑うこと無く心休まる理想郷が何処かに有るのだろうかとも掛けて詠んだ歌。

にか;…であろうか。…であっただろうか。断定の助動詞「なり」の連用形「に」に疑問の意の係助詞「か」が付いたもの。「あらむ」の省略された形


べらなれ;…らしい。…する様子だ。当然の意の助動詞「べし」の語幹「べ」に接尾語「ら」が接し更に断定の意を表す助動詞「なり」の已然形「なれ」の接続したもの。確かな推量を表す。平安時代のみに見える。

956
(世の中は昔よりも気疲れを多く必要とする辛い世に成ってしまったのだろうか、自分自身の為に我慢を重ねれば、こんな世でも生き辛さを感じない様な平常心に成れると云うのだろうか)との意。

やは;…であるか、いやそんなことはない。…だろうか。…なのか。係助詞「や」に係助詞「は」が付いて反語又は疑いや問い掛けの意を表す。


 


そ せ い ほ う し
 
へんじょう        よしみねのはるとし          うんりんいん                 よしよりのあそん
素性法師;遍照の子、俗名は良峯玄利と云い、出家して雲林院に住み歌僧となる。またの名を良因朝臣とも云う。三十六歌仙の一人で、剃髪前は清和天皇に仕えていた。歌風は軽妙で力強いものがある。家集に素性集が有る。生没年不詳。

ぞ う か
雑歌;和歌の分類の一つ。広義には四季(春・夏・秋・冬)・恋(相聞含む)以外のもの。狭義には四季・恋の他に賀・離別・羇旅・物名・哀傷(挽歌含む)等の分類に属さない歌。
き り ょ
羇旅;和歌の部立ての一つ。旅に関する感想を詠じたもの。羇=旅・旅行の意。


                                                                       ページトップ アイコン 

古今和歌集巻第十九 短歌 下巻 第18折 (第一紙裏面右項)
元永古今集 巻第十九 短歌 下巻 第八十六紙裏 染・薄渋黄(濃) 小唐草裏面 『金銀小切箔振』 拡大  (戻る 一覧へ)  うすしぶきちゃいろ
 薄渋黄茶色(薄渋黄土)

  小唐草裏面『金銀小切箔振』


下巻
第18折(濃・中・淡・白1・白2の内、濃の裏面)
第18折中の20項目(裏面料紙の右項)

元はおそらく黄檗色で染められていたものが経年変化で褐色に見えるようになったもの。


解説及び使用字母へ






下巻第18折第一紙裏面清書用臨書用紙
元永古今集 下巻 第八十六紙裏 染・薄渋黄(濃) 『金銀小切箔振』 拡大へ
この部分の料紙へ


 下巻第18折 第20項 第一紙 染・薄渋黄茶色 小唐草裏面 『金銀小切箔振』
古今和歌集巻第十九 短歌
下巻通しで第八十六紙、360項目
              かな
              使用字母         解釈(現代語訳)へ

                    安倍清行娘


 ねぎごとを さのみききけむ やし

 ろこそ、はてはなげきの もりとな

 るらめ


                    源扶娘

844
 なげきこる 山としたかく なり

 ねれば、つらづゑのみぞ まづ

 つかれける



                    安倍清行娘

 禰支己止越 左乃三幾々个無 也之

 呂己曾、者天波奈个支乃 毛利止奈

 留良免


                    源扶娘

844 
 奈个支己留 山止之太可久 奈利

 奴礼者、川良徒恵能三曾 末川

 都可礼个留


             現代語訳               解釈          解説及び使用字母へ 
                          あべのきよつらがむすめ
                          安倍清行娘

1064

「祈ぎ事をさのみ聞きけむ社こそ、果は嘆きの森となるらめ」

願い事を然程も聞き届けたであろうお社こそは、遂には人々の嘆きが集まって森となるであろうなあ。


                          
みなもとのたすくがむすめ
                          源扶娘


1065
                 つらづえ
嘆き凝る山とし高くなりぬれば、頬杖のみぞ先づ突かれける」
悲哀が結集して山の様に高くなってしまうとしたならば、頬杖だけでも咄嗟に突く事が出来ましょうに。





1064

(皆の願い事をそれ程も聞き届けたであろう神社であればこそ、終いには人々の嘆きが木となり集まって、きっと森となるのであろうなあ。)との意で詠んだ歌。

ねぎ
         
祈ぎ事;願い事。祈願する事柄。お祈り事。
なげ
嘆き;嘆願。哀願。「投げ木(祈りに捧げる木)」との掛詞。

1065                                  ほおづえ
(悲しみが凝り固まって山の様にうず高くなってしまうとしたならば、頬杖だけでも真っ先に突く事が出来るのでしょうけどね。)との意で、嘆かわしさで思わずついてしまう頬杖の代わりが出来ますのに、実際には代わりとすらならないのですから嘆き続けるのは辛いですよ、と詠んだ歌。

なり;…である。…ということである。或る理由・根拠に基づき、確信を持って断定する意を表す助動詞。格助詞「に」にラ変動詞「有り」の付いた「にあり」の約音。

 

みじかうた

短歌;長歌に対しての語。長歌が五・七、五・七の数回~数十回の繰返しで最後に七・七を置くのに対して、五・七・五・七・七の五句体でまとめた歌。素戔嗚尊の歌に始まり、万葉集初期の作品に成立し、古今を通して最も広範囲に詠われ身近な歌として和歌と云えば短歌を指すに至った。

あべのきよつらがむすめ
                                                  さぬき
安倍清行娘;平安時代前期の貴族で歌人でもあった安倍清行の娘。父親が讃岐守であったことから讃岐とも呼ばれていたらしく、古今集に歌一首が残る。

みなもとのたすくがむすめ
源扶娘;詳細不詳。平安時代中期の武士に源扶の名がみえるがその娘かどうかは不明。


つらづゑ
頬杖;「ほおづえ」の古称



                                                                            ページトップ アイコン 

古今和歌集巻第十九 短歌 下巻 第19折 (第一紙裏面左項)
元永古今集 巻第十九 短歌 下巻 第九十一紙裏 染・黄茶(濃) 丸唐草裏面 『金銀小切箔振』 拡大  (戻る 一覧へ)  きちゃいろ
 黄茶色(濃)


  丸唐草裏面『金銀小切箔振』


下巻
第19折(濃・中・淡・白1・白2の内、濃 左項)
第19折中の1項目


解説及び使用字母へ
茶字
は次項にあり








丸唐草裏面・『金銀小切箔振』

下巻第19折第一紙裏面清書用臨書用紙

元永古今集 下巻 第九十一紙裏 染・黄茶(濃) 『金銀小切箔振』 拡大へ
この部分の料紙へ

 下巻第19折 第1項 第一紙 黄茶色(濃色) 丸唐草裏面 『金銀小切箔振』
古今和歌集 巻第十九 短歌
下巻通しで第九十一紙、361項目
              かな
              使用字母        解釈(現代語訳)へ

  
だいしらず
  題不知

1066
 なげきをば こりのみつめて あし

 ひきの、やまのかゐなく なりぬべらなり


1067
 人こふる ことをおもにと おもひもて、あ

 ふごなきこそ わびしかりけれ


1068
 よひのまに いでていりぬる みか月の、われて

 
ものおもふ ころにもあるかな


 

   題不知

1066
 奈个支乎波 己里能美川女弖 安之

 飛幾能、也末乃可為那久 奈利奴部良那利


1067
 人己不留 己止越於无爾止 於毛比毛天、阿

 布己那幾己曾 和比之可利个禮


1068
 與比能万爾 以天々以利奴留 美可月、和礼天

 
毛乃於无不 己呂仁毛阿留佳名


             現代語訳               解釈          解説及び使用字母へ 

  お題不明

1066
    こ り
「嘆きをば垢離のみ詰めて足引きの、山の甲斐なく成りぬべらなり」
切実な願いだからと垢離ばかりやり続けていても、比叡山の御利益は無くなって終うのでしょうね。

又は   
こり
「嘆きをば心の見つめて足引きの、山の甲斐無くなりぬべらなり」
溜息を吐く時にこそしっかりと心(自分自身)を見つめていなければ、比叡山の御蔭も無く成ってしまうでしょうね。

或は、  
こ り
「嘆きをば狐狸の見つめて足引きの、山の甲斐無くなりぬべらなり」
切実な願いだからこそ秘かに悪事を働く者たちに狙われて、寺山のご利益も台無しになってしまいますよ。(そんなに神妙な顔をして願い事をしていると狐や狸に化かされてしまいますよ。との意)



1067
「人恋ふる言を重荷と思ひ持て、あふご無きこそ詫びしかりけれ」
人を恋することを重荷として担いながらも、重荷を担う為の天秤棒(=会う機会)の無い事こそ辛い事であるよ。



1068
「宵の間に出でて入りぬる三日月の、破れて物思ふ頃にもあるかな」
夜になって出たと思っていたらもう入ってしまう三日月の如くに、敢えて物思いに耽ってしまうこの頃であるなあ。








1066

(切実な願いだからと垢離ばかりの修行を行い続けていても、比叡山の御利益は無くなって終うに違いありませんよ。)との意。高野山ならいざ知らず身を清める為とは言え水垢離ばかりしていると体を壊しかねませんよと詠んだ歌。

べらなり;推量や当然の意を表す助動詞「べし」の語幹「べ」に接尾語「ら」が付いて形容動詞型の語尾「なり」の付いたもの。…に違いない。…の様である。
歌用語として延喜年間には多用されていたが、鎌倉時代になると急激に忘れ去られた。


1067
(恋する思いを伝える言葉を巧く作り出せないもどかしさを負担に感じながら、それでも尚会う機会の無い事の方こそ辛い事だったのだなあ。)との意。
あふご                 
朸;天秤棒。和歌ではよく「会ふ期」に掛けて云う。逢う時期。会う機会。

かりけれ;…だったのだ。…だったなあ。形容詞ク用法の助動詞に繋ぐための連用形活用語尾「かり」に過去の助動詞「けり」の係助詞「こそ」を受けての已然形「けれ」が付いたもので、今まで気づかなかった事に気が付いて述べる意を表す。

1068
(日が暮れてまだ間もないうちに現れたと思っていたらもう真夜中には沈んでしまう夏の夜の三日月の様に、どうせ短夜だからと敢えて物思いに耽ってしまうこの頃でもあるなあ。)との意で、今なら思い悩んだ所で出ている時間が短い月の様に悩みも早くに消えるだろうさと詠んだ歌。
思い悩むなら秋の夜長よりも短夜の今と洒落込んで詠んだ歌。

宵;元は日没から真夜中までを言う語。夜、また夜に入ってから間もない頃。

破れて;強いて。是非とも。無理に。

にもあるかな;…であるなあ。…でもあることよ。断定の助動詞「なり」の連用形「に」に並列・添加の意の係助詞「も」更にラ変補助動詞「あり」の連体形「ある」、加えて詠嘆の意を表す終助詞「か」同じく終助詞「な」の付いた形。

 

みじかうた

短歌;長歌に対しての語。長歌が五・七、五・七の数回~数十回の繰返しで最後に七・七を置くのに対して、五・七・五・七・七の五句体でまとめた歌。素戔嗚尊の歌に始まり、万葉集初期の作品に成立し、古今を通して最も広範囲に詠われ身近な歌として和歌と云えば短歌を指すに至った。


あしひ
         やま      
足引きの;枕詞。「山」「峰」「尾の上」更に「やつを」「岩根」や山の縁語から「岩」「木」「野」「あらし」「をても(遠面)」等にも掛かり後には固有名詞の「葛城山」「岩倉山」「笛吹山」等にも掛かるようになる。

 こ り
垢離;神仏に祈願する為、冷水を浴び体の穢れを除いて清浄にすること。真言宗・修験道などで行う。水垢離。
 こ り
狐狸;秘かに悪事を働く者の喩え。
こ り
心;「神代記(上)」にある「田心姫(たこりひめ)」より。

みかづき                                        じょうげん 
よいづき    ゆう づく よ
三日月;新月から三日目の夜の月が三日月。新月から七、八日ごろまでの上弦の宵月の夜を夕月夜と呼び、夕方に出た月が夜にはもう沈んでしまい月夜は短い。この月を夕月と云う。月は雪月花の一つとして古来より大いに詩歌に詠まれ、物語の背景を巧みに支えて来た。

よいづき
宵月;宵の間だけ見える月。夜半(真夜中)には弦を上にして西の空に傾き山の端に沈む。



                                                                       ページトップ アイコン 

古今和歌集巻第十九 短歌 下巻 第19折 (第一紙表面右項)
元永古今集 巻第十九 短歌 下巻 第九十一紙 渋黄茶(濃) 具引唐紙 『丸唐草』 拡大  (戻る 一覧へ)   丸唐草表面
渋黄茶(濃)具引

地色の黄茶色は染紙の経年変化による褐変含む白雲母摺(柄の部分)


下巻
第19折(濃・中・淡・白1・白2の内濃 右項)
第19折中の2項目


解説及び使用字母へ
茶字は前項に在り






丸唐草(二重複丸紋唐草)表面
具引唐紙(白雲母摺)



下巻第19折第一紙清書用臨書用紙

元永古今集 下巻 第九十一紙表面 黄茶(濃) 具引唐紙 『丸唐草』 拡大へ
この部分の料紙へ
 下巻第19折 第2項 第一紙 渋黄茶(濃)  具引唐紙表面 『丸唐草(二重複丸紋唐草)』
古今和歌集巻第十九 短歌
下巻通しで第九十一紙、362項目
              かな
              使用字母        解釈(現代語訳)へ

1068

 
よひのまに いでていりぬる みか月の、われて

 ものおもふ ころにもあるかな


1069 
 そへにとて とすればかかり かく

 すれば、あないひしらず あふさき

 るさに


1070
 よのなかの うきたびごとに みをな

 げば、ふかき谷こそ あさくなりなめ



1068

 與比能万爾 以天々以利奴留 美可月、和礼天

 毛乃於无不 己呂仁毛阿留佳名


1069
 楚部爾東弖 渡須礼者可々利 加久

 須礼者 安那意飛之良須 安不左支

  流左耳


859
 與乃奈可乃 宇紀多悲己止仁 美遠那

 希 个布可支谷己曾 安左久奈利那女


             現代語訳               解釈          解説及び使用字母へ 

1068
「宵の間に出でて入りぬる三日月の、破れて物思ふ頃にもあるかな」
夜になって出たと思っていたらもう入ってしまう三日月の如くに、敢えて物思いに耽ってしまうこの頃であるなあ。



1069
「其へにとてとすれば斯かり斯くすれば、案内ひ知らずあふさきるさに」
それ故にと言ってその様にしたのでそうなり、この様にすれば…、合図の烽火を気づくはずもない、あれこれと思い惑う様子であたふたとしていたのでネ。

或は、
それ故にと言ってその様にしたのでそうなり、(はたまた)この様にすれば(こうなる)、草案の不備に気づくはずもない、あれこれと思い惑う様子であたふたとしていたのでネ。

又は、
それ故にと言ってその様にしたのでそうなり、(はたまた)この様にすれば(こうなる)、事情を明らかにして聖人ぶることも出来ないよ、右往左往してあたふたとしていたのでネ。



1070
 世の中の憂き度毎に身を投げば、深き谷こそ浅くなりなめ。
世の中の辛い度毎に身を投じていたのでは、幾ら深い谷だとしても浅くなってしまうだろうよ。





1068
(日が暮れてまだ間もないうちに現れたと思っていたらもう真夜中には沈んでしまう夏の夜の三日月の様に、どうせ短夜だからと敢えて物思いに耽ってしまうこの頃でもあるなあ。)との意で、今なら思い悩んだ所で出ている時間が短い月の様に悩みも早くに消えてくれないかなあと詠んだ歌。思い悩むなら秋の夜長よりも短夜の今と洒落込んで詠んだ歌。

 わ
破れて;強いて。是非とも。無理に。

1069
(それ故にと言ってその様にしたのでそうなり、はたまたこの様にすればこうなる、合図の烽火を気づくはずもない、あれこれと思い惑う様子であたふたとしていたのでネ。)との意。
 そ
其えに;「其ゆえに」の約音。それ故に。それだから。

とすれば;そのようにしたので。そうだとすれば。

あふさきるさに;行ったり来たりするさまで。一方が良ければもう一方が悪い様子に。あれこれと思い迷う様子で。ナリ活用の形容動詞「あふさきるさ」の連用形。

1070
(世の中の辛い度毎に谷底に身を投じていたのでは、そこにその身が溜って深い谷であればあるほど、人々が身を投げてそのうちに浅くなってしまうでしょうよ。)との意。

なりなめ;動詞「成り」と、完了の助動詞「ぬ」の未然形「な」に推量の助動詞「む」の付いた連語「なむ」の已然形「なめ」で「なりなめ」。確定条件を表し、「こそ」の係り結びとなる。…であれば…となってしまうだろう。…こそきっと…するだろう。


 


あない             のろし 
案内ひ;案内火=合図の烽火。

あないひ
案内非=文章の内容、草案などの道理に合わないこと、間違い。

案内日;文案の内容を案内する日。

1069
「其へにとてとすれば斯かり斯くすれば、案内聖らずあふさきるさに」
それ故にと言ってその様にしたのでそうなり、(はたまた)この様にすれば(こうなる)、事情を明らかにして聖人ぶることも出来ないよ、右往左往してあたふたとしていたのでネ。
あない
案内;「あんない」の撥音を表記しないもの。事情を明らかにすること。事情を問いただすこと。物事の事情や内容。
ひじ
聖らず;「聖る」(聖を動詞化させたもの)の未然形「聖ら」に打消しの助動詞「ず」、聖人らしく振舞えない。法師のような心を持ってふるまえない。戒律を守れず世俗を断つことをしない。

最初の勅撰和歌集として醍醐天皇に奏覧して頂く為の古今和歌集編纂中の紀貫之(若しくは他の編者)にしてみれば歌1069は正しく歌意の様な心境であったのではないか。とも思われて来る。意を得たりとして拾い上げたのではなかろうか。ともあれ「あないひしらず」をどう解釈するかで色々な歌意が導き出される歌である。


                                                                       ページトップ アイコン 

古今和歌集巻第十九 短歌 下巻 第19折 (第二紙表面左項)
元永古今集 巻第十九 短歌 下巻 第九十二紙 薄黄茶(中) 具引唐紙 『丸唐草』 拡大  (戻る 一覧へ)    丸唐草表面(黄茶中色具引)
地色の薄黄茶色は染紙の経年変化による褐変含む白雲母摺(柄の部分)



下巻
第19折(濃・中・淡・白1・白2の内中 左項)
第19折中の3項目


解説及び使用字母へ









丸唐草(二重複丸紋唐草)表面
具引唐紙(白雲母摺)

下巻第19折第二紙清書用臨書用紙

元永古今集 下巻 第九十二紙表面 薄黄茶(中) 具引唐紙 『丸唐草』 拡大へ
この部分の料紙へ
 下巻第19折 第3項 第二紙 黄茶中色 具引唐紙表面 『丸唐草(二重複丸紋唐草)』
古今和歌集巻第十九 短歌
下巻通しで第九十二紙、363項目
              かな
              使用字母        解釈(現代語訳)へ


              在原元方

1071
 よのなかも いかにくるしと 思

 覧、ここらの人に うらみらるれば


              読人しらず
1072
 なにをして みのいたづらに おいぬ

 覧、としのおもはむ こともやさしく




                 在原元方

1071
 餘農那可毛 伊可爾倶留之東 思

 覧、己々羅乃人爾 有良三良留礼者


                 読人之良須
1072
 名爾越之天 微能意堂川良爾 於以奴

 覧、止之能於毛者無 古止毛也左之久


             現代語訳               解釈          解説及び使用字母へ 


                        
ありはらのもとかた
                        在原元方

1071                 ここら
「世の中も如何に苦しと思うらむ、幾許の人に憾みらるれば」
この世の中もなんとまあこんなにも苦しいものだと思ってしまうのだろう、こんなにも沢山の人々に恨みを持たれているので。



                        詠み人不明

1072
「何をして身の徒に老いぬらむ、歳の思はむ事も優しく」
如何した訳で我が身はこんなに空しい姿に年老いてしまったのだろう、年齢を考え込んでしまうこともあるとして何と身の痩せ細る事か。





1071
(昔の歌を見るにつけ、この時代もなんとまあ痛みや悩みやらで辛い事の多いものだと思ってしまうのだろう、多くの人々に恨みを買われているので。)との意で、自分自身を世の中に重ねて詠んだ歌。

らむ;…ているのであろう。現在の事に関し、確かかどうか或は如何してか等の疑念を持って述べる語。

1072
(如何した訳で我が身はこんなにも空しい様子に年老いてしまったのだろう、年老いてしまったことを考え込んでしまうこともあるとして、その、何と身の痩せ細る思いか。)との意で、老いに追いを掛けて老け込んで行く自身の姿に戸惑う心を嘆いて詠んだ歌。

いたづら
徒に;努力に見合った結果が得られないで、無駄であったと失望する感じを表す。期待外れであった様に云う。役に立たない様子で。何の趣も無い様子に。など

む;…とすれば、その…。…ような。連体形を用いて仮定又は婉曲の意を表す助動詞。
やさ
優し;耐えがたい。恥ずかしい。肩身が狭い。元はやせる意の動詞「痩す」の形容詞で、「身が痩せ細るような思いだ」の意をあらわすもの。


 

ありわらのもとかた                               ちくぜんのかみ     ありわらのむねやな       
なりひら         みまさかのかみ
在原元方;平安時代前期の歌人、中古三十六歌仙の一人。筑前守であった在原棟梁の子で在原業平の孫に当たる。美作守となり官位は正五位下。古今和歌集以下の勅撰和歌集に24首が収められている。生没年不詳。偉大な祖父を持っていたために、良きに付け悪しきに付けその影響は少なからず在ったと思われ、比較する自分と比較される自分との解離にただならぬ悩みを抱えていたのかもしれない。







                                                                       ページトップ アイコン 

古今和歌集巻第廿 大歌所御歌 下巻 第19折 (第四紙裏面右項)
元永古今集 巻第廿 大歌所御歌 下巻 第九十四紙裏 具引・白色(白1) 丸唐草裏面 『銀砂子振』 拡大  (戻る 一覧へ)     素色(白色)

 丸唐草裏面『銀砂子振』
下地の紫色は素紙の経年変化による褐変で渋い色合いになっております



下巻
第10折(濃・中・淡・白1・白2の内中 右項)
第10折中の4項目


解説及び使用字母へ







第四紙 素色(白色1)
丸唐草(具引唐紙)裏面

下巻第19折第四紙清書用臨書用紙

元永古今集 下巻 第九十四紙裏面 染・素色(白色1) 『銀砂子振』 拡大へ
この部分の料紙へ

 下巻第19折 第8項 第四紙 白色具引唐紙(丸唐草)裏面 『銀砂子振』
古今和歌集巻第二十 大歌所御歌
下巻通しで第九十四紙、368項目
              かな
              使用字母        解釈(現代語訳)へ

 古今和歌集巻第廿

   
おほうたどころのおうた
  大歌所御歌

   おほなほびの歌

1081
 あたらしき としのはじめに かく

 しこそ、千歳をかねて たのしきをつめ


                       

 古今和歌集巻第廿

   

  大所御哥

   於保奈本悲能哥

1081
 安多良之支 止之乃波之免爾 閑倶

 之古所、千歳遠金天 太乃之支遠川女


             現代語訳               解釈          解説及び使用字母へ 

 古今和歌集巻第二十

  大歌所の御歌

   大直毘の歌

1081
「新しき年の初めにかくしこそ、千歳を兼ねて楽しきを詰め」
新しい年の初めに、この様にこそ末代までも楽しさの限りを詰め込もう。
或は
「可惜しき年の初めにかくしこそ、千歳を予ねて楽しきを詰め」
素晴らしい年の初めに書く詩こそ、限りない年数を予想して楽しさを詰めるべきですよ。




1081
(良く無い事は綺麗さっぱりと流して、新年の事始めには、この様にこそ末代までも若菜を摘んで楽しさの限りを詰め込むとしましょうよ。)との意。

つめ;「摘む」と「詰む」との掛詞。結びは係助詞「こそ」を受けての已然形。

或は
( 其のままにしておくのは惜しい程、素晴らしい年の初めに書く詩こそ、千年先までもの長い年数を予め想定して楽しみを詰め込んで措くべきですよ。)との意で、後の世までも思いを馳せて年の初め位は壮大にと詠んだ歌。

あたら
可惜し;惜しい。もったいない。其のままにしておくのが惜しい程立派だ。

 
おおうたどころのおうたう           かぐらうた  さいばら   ふぞくうた
大歌所御歌;日本古来の歌で神楽歌・催馬楽・風俗歌等の総称を大歌と呼び、これらの歌舞や和琴・笛などの教習や管理を司った役所で採用されていた歌。平安時代初期に設置され、古今集巻第二十にここで集められた歌32首が採録されている。大歌は9世紀ごろに雅楽とは切り離されて大歌所の管轄とされたもので、歌詞は古今集の他記紀歌謡や琴歌譜等に見られる。歌と舞と器楽からなる音楽で、現在でも天皇即位などの宮中式典に付随した行事などとして奏される。

 おおなおび  おおなおびのかみ    ものいみ                                                   
大直毘;大直毘神の祭。物忌(斎み慎むこと)から平常に戻し、また、凶事を吉事に転ずるとされる大直毘神の略。


ねのひ
     
子日の遊び;正月子日に野に出て小松を引き、若菜を摘んでその生命力にあやかろうとした行事。平安朝に宮廷行事として行われており、千代を祝して歌宴を張った。




                                                                       ページトップ アイコン 

古今和歌集巻第廿 大歌所御歌 下巻 第19折 (第五紙裏面左項)
元永古今集 巻第廿 大歌所御歌 下巻 第九十五紙裏 具引・白色(白2) 丸唐草裏面 『銀砂子振』 拡大 (戻る 一覧へ)      素色(白色2)染紙

 丸唐草裏面『銀砂子振』
下地の素色は素紙の経年砂子変化による褐変で渋い色合いになっております



下巻
第19折(濃・中・淡・白1・白2の内白2 左項)
第19折中の9項目


解説及び使用字母へ








第五紙 素色(白色2)生成りの色です
丸唐草(具引唐紙)裏面


下巻第19折第五紙清書用臨書用紙

元永古今集 下巻 第九十五紙裏面 染・素色(白色2) 『銀砂子振』 拡大へ
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 下巻第19折 第9項 第五紙 白色具引唐紙(丸唐草)裏面 『銀砂子振』
古今和歌集巻第二十 大歌所御歌
下巻通しで第九十五紙、369項目
              かな
              使用字母        解釈(現代語訳)へ

   ふるきやまとまひのうた

1082
 しもとゆふ かづらきやまに 

 ふるゆきの、まなくときなく 

 おもほゆるかな


   あふみぶり

1083
 あふみより あさたちくれば うね

 ののに、たづぞなくなる あけぬこのよは



   不留支也末止末飛能宇多

1082
 之无止由布 可川良支也末爾

 布留由支能、末名久止支那久

 於无本遊留可奈


   安不美不里

1083
 安布美與利 安左多知久禮者 宇禰

 能々耳、太川曾名久奈留 安个奴己乃與者


             現代語訳               解釈          解説及び使用字母へ 

   古い大和舞(倭舞)の歌


1082
「葼結ふ葛城山に降る雪の、間無く時無く思ほゆるかな」
葛城山に降る雪が、四六時中絶え間なく降るように思われて来るなあ。

   
あふみぶり
   近江風

1083

「近江より朝発ち来れば畝の野に、田鶴ぞ鳴くなる明けぬこの夜は」
近江から朝早くに出発してきたが、畝の立てられた畑で鶴が鳴いているよ。ああ夜が明けたんだなあ。



1082
(葛城山に降る雪が、思えばいつでも一日中絶え間なく降っている様に自然と思われて来るなあ。)との意。。
しもとゆ
葼結ふ;枕詞。葛城山にかかる。
 ま な
間無く;暇がない。絶え間が無い。「間無し」の連用形
とき な
時無く;(時期的に)何時とは決まった時が無い。

1083
(近江から朝早くまだ暗い内に出発してきたが、畝の立てられた畑の方で今まさに鶴が鳴いているようですよ。ああ夜が明けたんだなあ。)との意。まだ薄暗い旅路で鶴の一声を聞いて夜明けを感じ取ったと詠んだ歌であるが、任地での第二の人生の始まりを決意した歌とも掛けている。
た づ
田鶴;鶴。通常は歌語として用いられた。

よ;「夜」と「世」との掛詞。

 
や ま と まい      くにぶりのうたまい                                      やまとうた               りゅうてき    ひちりき
大和舞;雅楽の国風歌舞の一種。初めは大和地方の歌舞であったものが採り入れられて、倭歌を歌詞として歌方数人に竜笛一人、篳篥一人の伴奏により四名の舞人が舞う。宮中の大嘗会の他、即位式や鎮魂祭、春日大社をはじめ神社の神事などで行われる。倭舞・和舞とも書く。

しもとゆ             しもと                        かづら               かづらきやま
葼結ふ;枕詞。刈り取った楉(木の若枝の細長く伸びたもの)を結うには葛などを用いて束ねる事から「葛城山」に掛る。
しもと
葼;祭祀の時に、刈り取った若枝を束ねて葼棚(葼机)として使う為の細長い枝。
かづらきやま                                       えんのぎょうじゃ
葛城山;歌枕。現在の奈良県と大阪府との境にある金剛山地の一峰で、役行者以来より修験道の霊場となる。「かつらぎさん」とも。奈良県側にある麓の葛城は記紀伝承上で綏靖天皇の皇居の地であったと伝えられている。また、この地に住むとされている葛城の神(一言主の神)が役行者の依頼を遂行できなかったことから、物事や恋の成就しない例として度々詩歌にも詠われている。

うね
畝;畑に作物を植え付ける為に、間隔を置いて土を筋状に小高く盛り上げた部分。


                                                                       ページトップ アイコン 

古今和歌集巻第廿 大歌所御歌 下巻 第20折 (第一紙表面右項)
元永古今集 下巻 第20折 薄渋茶色(濃)  巻第廿 大歌所御歌  第九十七紙 具引唐紙(具引空摺) 『花唐草』 拡大 (戻る 一覧へ)    薄渋茶色(濃)

花唐草表面(具引空摺)



下巻
第20折(濃・中・淡・白1・白2の内濃、右項)
第20折中の2項目


解説及び使用字母へ
茶字は前項に在り








花唐草表面(空摺唐紙)
薄渋茶色(濃)
色は経年変化により褐変してます


元永古今集 下巻 第九十六紙表面 薄渋茶(濃) 空摺唐紙 『花唐草』へ
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 下巻第20折 第2項 第一紙 薄渋茶色(濃) 具引唐紙表面 『花唐草』
古今和歌集 下巻 巻第二十 大歌所御歌
下巻通しで第九十六紙、382項目
              かな
              使用字母         解釈(現代語訳)へ

   ひたちうた

1107
 
つくばねの このもかのもに かげ

 はあれど、きみがみかげに ま

 すかげはなし


1108
 つくばねの みねのもみぢ

 ば おちつもり、しるもしらぬ

 も なべてかなしも


   かひうた



   比多知宇多

1107
 川久者禰能 己乃无可乃无爾 可个


 者安禮止、支美加美可个爾 末

 須加个者奈之


1108
 都具者禰能 美禰能无美知

 者 於知川无利、志留毛之良奴

 无 奈部天駕奈之裳


   可飛宇多


             現代語訳               解釈          解説及び使用字母へ 

                      
     常陸地方の歌


1107

「筑波嶺のこの面かの面に陰は在れど、君が御蔭に増す影は無し」
筑波山のこちら側とあちら側とに木陰は有るけれども、君のご加護の陰に勝るものはない。



1108
「筑波嶺の峰のもみぢ葉落ち積もり、知るも知らぬも並べてかなしも」
筑波山の峰の色付いた木々の葉が落ちては積り落ちては積りを繰返して、知っていようが知っていまいが一様に素晴らしいものですよ。


   甲斐地方の歌




1107

(筑波山のこちら側とあちら側との何処にでも木陰は有るけれども、我が主君のご加護の陰に勝るものはない。)との意。主君を称えて詠んだ歌。

御蔭;神や天皇のおかげ。ご庇護。お恵み。


1108
(筑波山の峰の色付いた木々の葉が落ちては積り落ちては積りを繰返しているようですよ、その様子を知っていようが知っていまいがどの一面を切取ってみても、一様に素晴らしいものですよ。)との意で、筑波山の紅葉は何時見ても心に染みて趣深いものですよと詠んだ歌。

かなし;「愛し」=可愛い。愛おしい。「悲し」=かわいそうだ。心が痛む。
自然に対しては深く心を打たれる感じを表し、人事に対しては情愛が痛切で胸が詰まる感情を表す
も;…よ。…なあ。感動・詠嘆の意を表す終助詞。

 

おおうたどころのおうたう           かぐらうた  さいばら   ふぞくうた
大歌所御歌;日本古来の歌で神楽歌・催馬楽・風俗歌等の総称を大歌と呼び、これらの歌舞や和琴・笛などの教習や管理を司った役所で採用されていた歌。平安時代初期に設置され、古今集巻第二十にここで集められた歌32首が採録されている。大歌は9世紀ごろに雅楽とは切り離されて大歌所の管轄とされたもので、歌詞は古今集の他、記紀歌謡や琴歌譜等に見られる。歌と舞と器楽からなる音楽で、現在でも天皇即位などの宮中式典に付随した行事などとして奏される。


ひたち
常陸;旧国名、東海道十五か国の一つ。現在の茨城県の大部分。常州とも。

つくばね                      つくば  にいばり  まかべ
筑波嶺;筑波山。歌枕。現在の茨城県の筑波・新治・真壁の三郡にまたがる山。山頂には女体・男体の二峰があり、古くから歌垣で知られ恋のイメージのある山としても和歌によく詠われいた。



かひのうた
甲斐歌;東海道十五か国の一つ、旧国名「甲斐」で詠われた歌。現在の山梨県。甲州とも。







                                                                       ページトップ アイコン 

古今和歌集巻第廿 大歌所御歌 下巻 第20折 (第二紙表面左項)
元永古今集 下巻 第20折 薄渋茶色(濃)  巻第廿 大歌所御歌  第九十七紙 具引唐紙(具引空摺) 『花唐草』 拡大 (戻る 一覧へ)    薄茶色(中)

花唐草表面(具引空摺)



下巻
第20折(濃・中・淡・白1・白2の内中、左項)
第20折中の3項目(裏面料紙の左項)


解説及び使用字母へ
茶字は次項に在り







花唐草表面(空摺唐紙)
薄茶色(中)
色は経年変化により褐変してます






元永古今集 下巻 第九十七紙表面 渋薄茶(中) 具引空摺 『花唐草』 拡大へ
この部分の臨書用紙へ


 下巻第20折 第3項 第二紙 薄茶色(中) 具引唐紙(空摺唐紙)表面 『花唐草』
古今和歌集 下巻 巻第二十 大歌所御歌
下巻通しで第九十七紙、193項目
              かな
              使用字母         解釈(現代語訳)へ

1109

 かひがねを さやにもみしが けけ

 れなく、よこほりこやる さや

 のなかやま

1110
 かひがねを ねこしやまこし ふく

 かぜを、ひとにもかくや ことをつぐ

 らむ

1111
 をふのうらに かたえさしおほひ

 
なるなしの、なりも

 ならずも ねてかたらはむ



1109
 加比可禰遠 左也爾无美之可 个々

 禮奈久、與己保里己也留 散也

 能奈可也末

1110
 可飛加禰乎 禰己之也末己之 不久

 加世遠、飛止爾无加久也 己止遠川久

 良無

1111
 越不能宇良爾 加多衣左之於本飛

 
奈留奈之能、奈利无

 名良数无 禰弖加堂良者无


             現代語訳               解釈          解説及び使用字母へ 

      甲斐地方の歌

1109
「甲斐が嶺を清にも見しがけけれなく、横ほりふせるさやの中山」
甲斐の山脈をはっきりと見たのであるが心なく、横たわって伏せている小夜の中山であるよ。




1110

「甲斐が嶺を峰越し山越し吹く風を、人にも斯くや言を告ぐらむ」
甲斐山脈の尾根を越え山を越えて吹く風を見て、人にもこの様に伝言を頼めるだろうか。


      伊勢地方の歌


1111
「麻生の浦に方枝差し蔽い成る梨の、成りも成らずも寝て語らはむ」
麻生の浦の海岸に一方の枝を蔽いかぶせる様にして生えている梨が、成ろうが成るまいが横になって語り合おう。




1109

(甲斐の山脈をはっきりと見たのであるが私には風流心も無く、ただ横たわって見え隠れしている小夜の中山であることよ。)との意。本意で情趣を解さないと詠んだのではなく、旅疲れが勝ってそれ処じゃないよと洒落た歌。

清に;はっきりと。明らかに。

けけれなし;心なし。情趣を解さない。風流心が無い

横ほる;横たわる。横になる。

1110
(甲斐の山々の向こうから幾つもの尾根を越え山を越えて吹く風を見ながら、愛しいあのお方にもこの風の様に言伝を頼むことが出来ましょうか。)との意。出来る事なら風の便りに載せたいものだと詠んだ歌。

斯くや;この様に…か。そのようにして…か。副詞「斯く」に疑問の意の係助詞「や」。結びの「らむ」は連体形。

1111
(麻生の浦の岸辺で一方の枝を湾に蔽いかぶせる様にして浜側に迫り出して生えている梨の実が、成ろうが成るまいが(成功するも失敗するも)傍らに居る人と横になって語り合うとしよう。)との意で、第3句までは「成りも成らずも」を導き出すための序詞。

かたえ;「片枝」と「片方」との掛詞。


 

 か い  
甲斐が嶺;甲斐の国にある高山の意。富士山又は北岳を主峰とする赤石山脈の山梨県側の支脈を云う。

 さ や  なかやま
小夜の中山;歌枕。静岡県南部の掛川市に有る日坂峠と金谷町菊川との間にある旧東海道の急な坂路。道は曲折を繰返し左右に深い谷がある。「さよのなかやま」とも。


いせのうた
伊勢歌;旧国名伊勢國の歌。東海道十五か国の一国で勢州とも。現在の三重県の大半。伊勢神宮の所領が有り、桓武天皇の皇子葛原親王の孫である平高望の子孫の平氏をはじめ、大内氏・平賀氏・仁木氏・土岐氏らが領有していた。


 を ふ
麻生;麻原。麻の生えている土地。麻生の浦はそれと確定した文献は発見されていない。然るに特定の地名を指すのではなく、麻の生い茂っている湾岸の意。

                                                                            
つぶて
梨の意;片枝を差し蔽い生えている梨の木の下で横になって語り合うのであるから梨の実(山梨)が落ちてくるかもしれない。山梨の実は礫程の大きさで簡単に投げられ、梨の礫となる。さて、礫は小石のことで磯に投げつけた小石は返って来る事が無いから、「梨」を「無し」に掛けて全く応答の無い事を「梨の礫」というが、語り合う時には相手からの応答がないのではつまらない。そこで梨の木の下で「語らふ」のである。礫が返ってくるかもしれないと。



                                                                       ページトップ アイコン
 







                                                                       ページトップ アイコン
唐紙文様名中の≪ ≫内の呼名は小松茂美先生の著書での呼称です。




元永古今集 1折帖(同柄唐紙料紙5枚)分 組方参考図  戻る全臨用臨書用紙へ ページトップ アイコン
見開きにした場合に左右の項で柄が同じ又は同様の加工になる様に表・裏・表・裏・表と重ねて谷折りにした物が1折帖です。
第一紙と第二紙の間は表面同士の見開きに第二紙と第三紙の間は裏面同士の見開きとなります。
第一紙両面加工料紙は第1項・第2項及び第19項・第20項となります。

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