御物朗詠・下巻６(和漢朗詠集) 唐紙粘葉本

倭漢朗詠　（６寸６分×８寸１分）　　　　　　　　　　　　　
　　　倭漢朗詠集巻下　猿　具引唐紙６（清書用３５枚目）

極薄焦茶色（ごくうすこげちゃいろ）　中唐草（牡丹唐草）

	本文解説へ唐紙の柄は中唐草（宝唐草の隙間ありの物）２０．０ｃｍｘ２４．５ｃｍ
光を当てて唐紙を強調しております｡実際の見え具合は周りの薄くグレーに見えている程度と為ります。極淡い色ですので､白色に近い見え方になる為、解説書によっては白色としてある物も御座います。	解説、水色文字は仮名の使用字母（　）は詠者

　　（猿）
454
　瑶臺霜満、一聲之玄鶴唳レ天。巴峡

　秋深、五夜之哀猿叫レ月。清賦

455
　江從二巴峡一初成レ字、猿過二巫陽一始断レ腸。白

456
　三聲猿後垂二郷涙一、一葉舟中載二病身一。白

457
　胡雁一聲秋破二商客之夢一、巴猿三

　叫暁霑二行人之裳一。江相公

458
　人煙一穂秋村僻、猿叫三聲暁峡深。紀

459
　暁峡蘿深猿一叫、暮林花落鳥先啼。江

460
　谷静纔聞二山鳥語一、梯危斜踏二狭猿聲一。同

461
　わびしらにましらななきそあしひき

　の、やまのかひあるけふにやはあらぬ

　　　管絃

　　　猿
454　ようだい　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　な
　瑶台に霜満てり、一聲の玄鶴天に唳く。巴峡

　秋深し、五夜の哀猿月に叫ぶ。(清賦)

455　　　はかふ
　江は巴峡より初めて字を成す、
　猿は巫陽を過ぎて始めて腸を断つ。(白楽天)
456　　　　　　　　　きょうるい　た
　三声の猿の後に郷涙を垂る、
　一葉の舟の中に病身を載せたり。(白楽天)
457
　胡雁一声、秋商客の夢を破る、巴猿三叫、
　　　　　　　　　うる
　暁行人の裳を霑ほす。(大江澄明)

458 じんえんいっすい　　　　　　さ
　人煙一穂秋の村僻かれり、
　猿の叫び三声暁峡深し。(紀長谷雄)
459　　　こけ
　暁峡蘿深うして猿一たび叫ぶ、
　暮林に花落ちて鳥先づ啼く。(大江朝綱)
460　　　　　　　　わづか　　　　　かたらふ
　谷静かにしては纔に山鳥の語を聞く、
　梯危うしては斜に狭猿の声を踏む。(大江朝綱)
461
　王比之良仁末之良奈々支所安之比支

　能、也末乃可比安留計不爾也波安良奴
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　(凡河内躬恒)
　　　管絃

　（　）は前項にあり
454
　瑶台に霜満てり、一聲の玄鶴天に唳く。巴峡秋深し、五夜の哀猿月に叫ぶ。(清賦)
珠飾りの美しい高殿に霜が一面に降りて、黒い鶴の一声が天空に轟く。巴峡谷には秋が深まり、夜を通して巴猿が哀しそうに月空に叫んでいる。

455　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ふよう
　江は巴峡より初めて字を成す、猿は巫陽を過ぎて始めて腸を断つ。(白楽天)
長江は巴峡より始まって初めてその名を形作る、猿は巫陽を過ぎて初めて腸を断つ。

456
　三声の猿の後に郷涙を垂る、一葉の舟の中に病身を載せたり。(白楽天)
猿の三度の鳴声の後で故郷を思って涙を流す。流れに翻弄される小舟の中に病身の私は乗っているのだ。

457
　胡雁一声、秋商客の夢を破る、巴猿三叫、暁行人の裳を霑ほす。(大江澄明)
胡国から来たと云う雁の一声に秋は南からの客の夢（暖かな季節をもう少しとの思い）を破る。巴峡の谷に猿の鳴声が響き、夜明け前の行く人の裳（袴の裾）を濡らす。

458
　人煙一穂秋の村僻かれり、猿の叫び三声暁峡深し。(紀長谷雄)
人家の釜戸から立つ一本の煙に秋の村は遮られて見えず、猿の叫び声が三度響き渡る中明け方の峡谷の山深さを知る。

459
　暁峡蘿深うして猿一たび叫ぶ、暮林に花落ちて鳥先づ啼く。(大江朝綱)
苔深い明け方の峡谷で猿の一声が響き渡る、夕暮れ時の林に花は落ちて何はともあれ鳥が鳴く。

460　　　　　　　　わずか　　　　　　　　　　　　　　　　　　なのめ
　谷静かにしては纔に山鳥の語を聞く、梯危うしては斜に狭猿の声を踏む。(大江朝綱)
谷は静かにしてさへいれば僅かに山鳥の囀りを聞く事が出来よう、梯は危険にさらしてしまえば当たり前の様に峡谷に鳴く猿の声を踏むことになろう。（位階は不安定に晒されてしまえばたちまちに泣く破目に陥る）

461
　侘しらに猿な啼きそ足引きの、山の峡ある今日にやはあらぬ
物悲しそうに猿よどうか鳴かないでおくれ、（今日は法皇のお出ましなので良い声で鳴く鳴き甲斐の有る日が）山の谷あいに居る今日で有ったら良いのに。

.はかふ
巴峡；片田舎の峡谷、山と山のはざま。中国湖北省巴東県地方の渓谷。

ましら
猿；やまざる

ちょうをたつ
断腸；中国東晋の武将桓温の部下が猿の子を捕えた処、何処までも後を追ってきた母猿がとうとう舟に飛び乗り息絶えた。その腹を切裂いてみると、帳はズタズタにちぎれていたと云う「世説新語」の故事から。

はえん
巴猿；中国湖北省巴東県地方の渓谷、巴峡の付近に生息している猿。また山の渓谷に鳴く猿。

こがん
胡雁；北の国の胡国からやって来ると云う雁。

なんかのゆめ
南柯の夢；淳于ふんが酔って古い槐の樹の下で眠り、夢の中で大槐安国に至り、王命によって南柯郡守に封ぜられ20年間の栄華を極めた。夢から覚めて槐樹の下を見ると二つの穴が開いており、一つの穴には大蟻が王として住み、もう一方の穴は南枝に通じておりそれが南柯郡であったと云う故事による、儚い事の例え。夢。

酉の刻；夕方。昔の時刻の名。現在の午後6時ごろ、前後約2時間。

はし
梯；はしご。官位の位階。

かひ
峡；山と山との間。峡谷。「峡」は「甲斐」との掛詞。
「山の峡ではないが、鳴き甲斐の有る今日ではないか」ということ。

やは…ぬ；それが実現することを望む意を表す。…ないものか。…してくれたらいいのに。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　このページの

拡大図　中唐草