針切 相模集4             戻る 針切 一覧へ 
    生成り楮紙(素色)
こちらの色は、ぼかしの様にも見えますが元々は未晒しの繊維の色で、長年の変化により褪色、或は褐色化した物と思われます。素色(しろいろ)とは、漂白していない元の繊維の色でやや黄味の砥の粉色~薄香色の様な色。本来染めていない為、素の色のことを素色(しろいろ)といいます。。写真は薄目の薄香色でかなり褪色しているように見えます。
高い所より書出して歌のみを書写、書き下ろしてゆくに従い行がやや右に流れる特徴が有り、詞書は有りません。


素色(しろいろ)

『針切』 相模集4 (素色)15.4cmx22cm
実際は極淡い薄茶色です。
写真の状態があまりよくありませんがご了承ください。



             かな                                使用時母へ


 ややもせば ありべしとのみ おもふよに、すみて

 もみゆる よはのつきかな


 わがことや いねがてにする 山だもり、かりて

 ふしかに めをさましつつ


 すぎがてに 人のやすらふ あきののは、まねくすす

 きの あればなりけり


 はぎのはを しどろもどろに ふみしだき、

 ふすさをしかの こゑきこゆなり


 ややもせば ありべしとのみ 思う夜に、すみて

 もみゆる 夜半の月かな

       
*1
 我が事や 寝ね難にする 山田守、かりて

 ふしかに 目を覚ましつつ


 すぎがてに 人のやすらふ 秋の野は、招くすす

 きの あればなりけり


 萩の葉を しどろもどろに 踏みしだき、

 臥すさ牡鹿の 声きこゆなり

 漢字の意味の通じるものは漢字で表記
一行は一行に、繰返しは仮名で表記

 読みやすい様に所々に漢字、読点を入れております。解説

 也々毛世波 安利部之止乃美 於毛婦與仁、春美天 

 毛美由留 與波乃川支可那


 和可己止也 以禰可天爾春留 山堂毛利、可利天 

 婦之可爾 女乎佐万之川々


 春支可天爾 人乃也春良婦 安支乃々波、万禰久寸々

 支乃 安礼者奈利希利


 波木乃者乎 之止呂毛止呂仁 婦美之堂支、

 婦春左遠之可乃 己衛支己由奈梨



「乀」;3文字の繰り返し、「ヽ」;2文字の繰り返し、「々」;1文字の繰り返し
  
解説

 ややもせばありべしとのみ思う夜に、すみてもみゆる夜半の月かな
ひょっとすると在り得るかも知れないぞ、と思う夜(世)に曇りもなく明るく見える夜半の月であることよ。


 我が事や寝ね難にする山田守、かりてふしかに 目を覚ましつつ
まるで私事の様ですよ、眠る事が出来ないでいる山田守の姿は。(天災や獣の害を一晩中)追い払うというけど、そのようにして目を覚ましたままでいるのです(私も)。

山田守;天災や人災、鳥獣などの被害から山中の田を守る人。山田の番人。


 過ぎ難に人の安らう秋の野は、招くすすきのあればなりけり
其の儘通り過ぎるのをためらってしまう様な人も安らかに(休憩したく)なる秋の野は、(まるで微風に揺れて)手招きするような枯尾花が在ってこその事ですねえ。

過ぎ難に;通り過ぎる事が出来そうにもない様。素通りしかねて。

なりけり;ある事実に改めて気づき詠嘆する意を表す。…なのだなあ。…であったのですねえ。指定の助動詞「なり」に回想・詠嘆の意を表す助動詞「けり」が付いたもの。



 萩の葉をしどろもどろに踏みしだき、臥すさ牡鹿の声きこゆなり
萩の葉を纏まりが無く随分乱れた様子に踏み荒して、腹這いになって隠れている(はずの)牡鹿の鳴く声が(自然と)聞こえておりますよ。

しどろもどろ;甚だしく乱れて、もつれにもつれた様子。

しだく;荒らす。乱す。



*1
”寝ね難に”=寝ることが出来ないで
参考                   
いね
夕されば君来まさむと待ちし夜のなごりそ今も寝かてにする(万葉集;11)

夕されば小倉の山に臥す鹿の今宵は鳴かず寝ねにけらしも(万葉集;9)



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