針切 重之の子の僧の集17             戻る 針切 一覧へ 
    生成り楮紙(素色)
こちらの色は、ぼかしの様にも見えますが元々は未晒しの繊維の色で、長年の変化により褪色、或は褐色化した物と思われます。素色(しろいろ)とは、漂白していない元の繊維の色でやや黄味の砥の粉色~薄香色の様な色。本来染めていない為、素の色のことを素色(しろいろ)といいます。。写真は薄目の薄香色でかなり褪色しているように見えます。
高い所より書出してあるのが歌、一段低い所より書出してあるのが詞書です。


素色(しろいろ)

『針切』 重之の子の僧の集17 (素色)15.0cmx22.5cm
実際は極淡い薄茶色です。
写真の状態があまりよくありませんがご了承ください。


             かな                                使用時母へ


   大宮よりこひの心あ覧うたよみてまいら
   せよとおほせごとはべしかば


 なみだがわ しがらみかくる せをみれば、そでのうら

 こそ とまりなりけれ


   たのむ人のうちたえてはべしかば


 心みに われかきたえて ほどふれば、つらき月日の か

 ずもつもりぬ


   かたらふ人のものへまかりにたるをながめは
                     べりて

 ぬばたまの ゆめぢをたのむ かひもなく、ねざめがちにも

 あかしつるかな


   大宮より恋の心有らん歌詠みて参ら
   せよと仰せ事侍
しかば


 涙川 しがらみ隠る 瀬を見れば、袖の裏(浦)

 こそ 止まり(泊)なりけれ


   頼む人の打ち絶えて侍
しかば


 心身に 我掻き絶えて 程経れば、辛き月日の

 数も積もりぬ


   語らふ人の物へ罷りにたるを眺め侍りて


 射干玉の 夢路を頼む 甲斐もなく、寝覚め

 勝ちにも 明しつるかな


 漢字の意味の通じるものは漢字で表記
一行は一行に、繰返しは仮名で表記
次項~残り半葉分の内の詞書の一部
 読みやすい様に所々に漢字、読点を入れております。
                       解説

     大宮與利己悲乃心安覧宇多與美天万以良

     世與止於本世己止波部之可者



 奈美多可波 志可良美可久流 世乎美礼盤、曾天乃宇良

 己所 止万利奈利希禮  


     多乃武人乃宇知多衣天波部之可盤


 心美爾 和礼可支多衣天 本止不礼盤、川良支月日乃 可

 寸毛川毛利奴


     可多良不人乃毛乃部万可利仁多留遠奈可女波
                            部利天

 奴者堂万乃 由女知遠多乃武 可悲毛奈九、禰左女可知仁毛

 安可之川留可那





「乀」;3文字の繰り返し、「ヽ」;2文字の繰り返し、「々」;1文字の繰り返し
「爾」は「尓」とすることも
「个」は「介」とすることも
「禮」は「礼」とすることも
「弖」は「天」とすることも
「與」は「与」とすることも □は文字不明か所

解説

     大宮より恋の心宿している歌詠んでいらっしゃいとの仰せ事をおっしゃられたので、


 
涙川 しがらみ隠る 瀬を見れば、袖の裏(浦)こそ 止まり(泊)なりけれ
あふれ出る涙の川の堰も隠れてしまう程の水量の瀬を見れば、(涙に濡れた)袖の浦こそがまるで船着き場の様ですよ!。(止めどなくあふれ出る涙で袖の浦はまるで水嵩の有る港の様だと詠った歌)

或は
(柵さへも覆い隠してしまう程の涙であふれた瀬を見れば、この袖の浦こそが最後まで連れ添う決心なのですよ。)とも取る事が出来る。


    頼りにしていた人の全くもって音沙汰が無くなってしまったならば、

 心身に我掻き絶えて程経れば、辛き月日の数も積もりぬ
心身共に私の元より消息が絶えてしまって随分と時が過ぎていってしまえば、辛い月日の(数えきれないほどの)数も積もり積もってしまうのでしょうね。(「心身に」は「試みに」を含んでいるかも)


    親しく付き合っている人の霊妙なるものへお参りなさるのをご覧になって。

 射干玉の夢路を頼む甲斐もなく、寝覚め勝ちにも明しつるかな
夢の中で行き交うことを頼んでみたもののその甲斐もなく、しばしば目覚めてしまってそのまま夜を明かしてしまったのだなあ。(愛しい人と夢の中だけでもと神様にお願いしてみましたが、そのお蔭も無く却って目がさえてしまってそのまま朝になって終いましたよ!との自責の念を覚えながらの詠嘆の歌)

射干玉の;枕詞。「夢路」に掛る。

つるかな;下二段活用で完了を表す助動詞「つ」の連体形「つる」に詠嘆の助詞「かな」の付いたもの。…してしまったのだなあ。
「つ」は動作、作用が当事者の糸に基づき、意識的・作為的に成り立ったことを表す。受動的・自然推移的に成り立った意味で使用される完了の助動詞「ぬ」とは区別されている。尚、「かな」は不確かな点を確かめる意で自問する疑問の助詞「か」に詠嘆の助詞「な」の付いたものとすることも出来る。





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