針切 相模集2             戻る 針切 一覧へ 
    生成り楮紙(素色)
こちらの色は、ぼかしの様にも見えますが元々は未晒しの繊維の色で、長年の変化により褪色、或は褐色化した物と思われます。素色(しろいろ)とは、漂白していない元の繊維の色でやや黄味の砥の粉色~薄香色の様な色。本来染めていない為、素の色のことを素色(しろいろ)といいます。。写真は薄目の薄香色でかなり褪色しているように見えます。
高い所より書出して歌のみを書写、書き下ろしてゆくに従い行がやや右に流れる特徴が有り、詞書は有りません。


素色(しろいろ)

『針切』 相模集2 (素色)14.5cmx22cm
実際は極淡い薄茶色です。
写真の状態があまりよくありませんがご了承ください。



             かな                                使用時母へ


 あとたえて 人もわけこぬ なつくさの、しげくも

 ものを おもふころかな


 なきかへる しでの山ぢの ほととぎす、うきよにま

 どふ われをいざなへ


 ところせく たつかやり火の けぶりかな、わが身

 もしたに さこそこがるれ


 ひとへなる なつのころもは うすけれども、

 あつしとのみも いはれぬるかな


 跡絶えて 人も分けこぬ 夏草の、茂くも

 ものを 思うころかな

        
*1
 鳴き帰る 死出の山路の 不如帰、浮世に惑

 う われを誘へ

 所狭く たつ蚊遣り火の 煙かな、わが身

 もしたに 然こそ焦がるれ


 単衣なる 夏の衣は うすけれども、

 暑しとのみも 言はれぬるかな

 漢字の意味の通じるものは漢字で表記
一行は一行に、繰返しは仮名で表記

 読みやすい様に所々に漢字、読点を入れております。
                       解説

 安止多盈弖 人毛和希己奴 那川久左乃、之希九毛 

 毛乃越 於裳布己々呂可那


 那支可部留 之天乃山遅乃 本止々支春、宇支與仁万 

 東婦 和礼遠以左奈邊


 東己呂世九 堂徒可也利火乃 个不利可那、和可身

 毛之堂仁 左己所己可留礼


 悲止部奈留 那川乃己呂毛盤 宇春遣礼止无、者流乃

 安徒之止乃美无 以盤礼奴留可那



「乀」;3文字の繰り返し、「ヽ」;2文字の繰り返し、「々」;1文字の繰り返し
 

 跡絶えて人も分けこぬ夏草の、茂くもものを思うころかな
人の行き来が途絶えてしまって誰も分け入って来ないので、しばしば物思いに耽っている頃だよなあ。

夏草の;枕詞。「茂く」に掛る。又、生い茂る意から「深し」に、それを刈る意から「かりそめ」に掛る。他に、夏草の生えている野の意から地名の「野島」に、熱気にしおれて伏す意から地名の「あひね」や「思ひしなゆ」等に掛る。


 鳴き帰る死出の山路の不如帰、浮世に惑う我を誘へ
手が付けられない程にひどく鳴く死出の山の山道の時鳥よ、(どうか帰らないでちゃんと導いて)俗世間で惑う私を連れて行ってはくれまいか。

泣き返る;ひどく泣く。手が付けられないほどに泣く。ホトトギスも手が付けられない程けたたましく鳴き続ける。

死出の山;冥土に在ると云われている険しい山。



 所狭くたつ蚊遣り火の煙かな、わが身もしたに然こそ焦がるれ
所狭しと立ち昇る蚊を追い払う為にいぶす焚火の煙だなあ、私自身も心の奥であんなに思ひ焦がれるだろうかなあ。(それとも…ねえ!)

然こそ;そのように。あんなに。上の言葉を受けてその事態を指し示す副詞「然」に多くの中から強く指示する働きのある係助詞「こそ」の付いたもの。結びが活用語の時は逆説を表す意味合いも持つ已然形が使われる。

蚊遣火;蚊を追い払うために松や杉・榧の葉、或は蓬などを焚いていぶすこと。煙を出すのが目的なのでこれ等の葉で焚火の上を覆い、すぐに燃えて終わない様生や半生の物を用いた。(下火のみが燃えてくすぶっている状態)


 単衣なる夏の衣は薄けれども、暑しとのみも言はれぬるかな
裏地の無い一枚物の夏の着物は薄いけれども、熱いとばかりも言ってられないのかな。(もうこれ以上脱げないですものね)





1
”死出の山”=仏教での死後初七日秦広王の庁に至る間にある険しい山、死の苦しさを山に喩えたもの
参考
死出の山麓を見てぞ帰りにし 辛き人よりまづ越えじとて(古今和歌集;恋)

いくばくの田を作ればか時鳥 死出の田長を朝な朝な呼ぶ(古今和歌集;雑)
”死出の田長”=死出の山から来て鳴くからとも云うホトトギスの異名


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