針切 相模集8                 戻る 針切 一覧へ 
    生成り楮紙(素色)
こちらの色は、ぼかしの様にも見えますが元々は未晒しの繊維の色で、長年の変化により褪色、或は褐色化した物と思われます。素色(しろいろ)とは、漂白していない元の繊維の色でやや黄味の砥の粉色~薄香色の様な色。本来染めていない為、素の色のことを素色(しろいろ)といいます。。写真は薄目の薄香色でかなり褪色しているように見えます。
高い所より書出して歌のみを書写、書き下ろしてゆくに従い行がやや右に流れる特徴が有り、詞書は有りません。


素色(しろいろ)

『針切』 相模集8 (素色)約13.8cmx22cm
写真の状態があまりよくありませんがご了承ください。


             かな                                使用時母へ



 あめふれば きしだにみえぬ うとはまの、

 松よりもげに まさるわがこひ


 しばしだに なぐさむやとて さごろも

 を、かへすがへすも かへしつるかな


 いのちだに あらばとばかり たのめしも、なに

 かこのごろ こひぞしぬべき





 雨降れば 岸だに見えぬ 宇土浜の、

 松よりも実に 勝る我が恋


 暫しだに 慰むやとて 狭衣

 を、返す返すも 返しつるかな


 命だに 有らばとばかり 頼めしも、何

 かこの頃 恋ぞしぬべき



 漢字の意味の通じるものは漢字で表記
一行は一行に、繰返しは仮名で表記

 読みやすい様に所々に漢字、読点を入れております。解説


 安女婦禮盤 木之多爾美盈奴 宇止者万乃、

 松與利毛希爾 万左留和可己比


 志波之堂爾 那久左無也止天 左己呂毛

 乎、可部須毛 可部之川留可奈


 以乃千堂仁 安良波止者可利 多乃女之毛、那二

 加己乃己路 己比所之奴部支



「乀」;3文字の繰り返し、「ヽ」;2文字の繰り返し、「々」;1文字の繰り返し □部分は不明文字。
「爾」は「尓」とすることも
「禮」は「礼」とすることも
「弖」は「天」とすることも
「與」は「与」とすることも
  
 解説

 雨降れば岸だに見えぬ宇土浜の、松よりも実に勝る我が恋
雨が降ってしまえば岸(水際)さえ見えない宇土浜の(岸辺にそびえ立つ)、松の木よりも如何にもその姿に勝る私の恋心ですよ。

「松」は「待つ」と「実」は「身」との掛詞。(待っているよりも体にあふれ出る我が恋心ですよ。)


 暫しだに慰むやとて狭衣を、返す返すも返しつるかな
少しの間だけでも慰めになるかと思い(留ておいた)狭衣を、全くもって本当に返してしまったのでしょうか。(返さなくともよかったのにね!。)

狭衣;「さ」は接頭語。衣服。着物。

つるかな;…っていたのかなあ。…してしまったのかな。完了の助動詞「つ」の連体形「つる」に疑問の助詞「か」更に詠嘆の助詞「な」の付いたもの。
或は、「かな」を活用語の連体形に付き、詠嘆の意を表す終助詞と捉えることも出来る。…してしまったのだなあ!。(重ね重ねも返してしまったんだなあ!と残念がる様子。)



 命だに有らばとばかり頼めしも、何かこの頃恋ぞしぬべき
せめて命だけでも有る限りはこそ(恋い慕っていたいものです)とばかりに頼みにしてはみたものの、どうしてどうしてこの頃では恋心さえ死んでしまいましたよ(どうせ叶わぬ恋なので恋心さへ失くしてしまうべきですよ。とばかりに思えて)。

だに;せめて…だけでも。まだ起こっていない未来の事柄と共に、最小限の一事を挙げて強調する。これを受ける語句は打消・反語・仮定・願望・意志・命令などの表現である。

頼めしも;頼みにした(あてにしていた)にも拘らず却って…の意を表す。活用語の連体形「頼め」に副助詞「し」更に係助詞「も」の付いた形。




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