針切 重之の子の僧の集6             戻る 針切 一覧へ 
    生成り楮紙(素色)
こちらの色は、ぼかしの様にも見えますが元々は未晒しの繊維の色で、長年の変化により褪色、或は褐色化した物と思われます。素色(しろいろ)とは、漂白していない元の繊維の色でやや黄味の砥の粉色~薄香色の様な色。本来染めていない為、素の色のことを素色(しろいろ)といいます。。写真は薄目の薄香色でかなり褪色しているように見えます。
高い所より書出してあるのが歌、一段低い所より書出してあるのが詞書です。


素色(しろいろ)

『針切』 重之の子の僧の集6 (素色)15.0cmx22cm
実際は極淡い薄茶色です。
写真の状態があまりよくありませんがご了承ください。


             かな                                使用時母へ



 むかしの はるぞこひしき


   花のちるさかりなにごとをかこのごろは

   おもふととはせたまへる御かへりごとに

 人はいさ われはあけくれ 花ざくら、ちるよりほ

 かの ものおもひもなし


   よしの山にこもりはべりとてかたらふ

   人に

 ふるさとを かすみへだてて よしの山、はれぬくも

 ゐに とほざかる覧


   花のもとにてたび人にわかれおしみはべりと
                          て



 むかしの 春ぞ恋しき


   花の散る盛り何事をかこのごろは

   想うと問わせ給える御返りごとに

 人はいさ 吾はあけくれ 花ざくら、散るよりほ

 かの 物思いもなし


   吉野山に籠りはべりとて語らう

   人に

 ふるさとを 霞隔てて 吉野山、晴れぬ雲

 井に 遠ざかる覧


   花のもとにて旅人に別れ惜しみはべりと
                        て

 漢字の意味の通じるものは漢字で表記
一行は一行に、繰返しは仮名で表記
次項~残り半葉分の内の詞書の一部
 読みやすい様に所々に漢字、読点を入れております。
                       解説

 武加之乃 者留所己比之支  

    花乃知留左可利那爾己止乎可己乃己呂波

    於毛不止々者世多万部留御可部利己止仁

 人盤以左 和礼盤安希久礼 花左久良、千留與利本 

 可乃 毛乃於毛比毛奈之

   與之乃山爾己毛利波部利止天可多良不

   人耳

 婦留左止乎 可春美部多天々 與之乃山、者礼奴久毛

 為耳 止本左可留羅无

    花乃毛止爾天多悲人爾和可礼乎之美者部利止
                                天



「乀」;3文字の繰り返し、「ヽ」;2文字の繰り返し、「々」;1文字の繰り返し
 


    
桜の花の散る盛りに、この頃ではどんなことを思っているのですかとお伺いになられた御返しに

 人はいさ吾はあけくれ花ざくら、散るよりほかの物思いもなし
人はさあ、どうだか知りませんが、私は桜の花を愛でる事に明け暮れておりますよ。散って終う事より他に思い悩むこともありませんので。(桜の花は散り際が潔く美しいので、古くからその風情を愛でて来た。花吹雪は風に舞い散る花弁がまるで吹雪のようだと洒落たもの。)

花の散り際を見て、自らの衰え、人生の散り際などについて何か思うところが御座いますかと問われたことに対して、さらりと返したお返しの歌


    吉野山に籠っておりますと云って語り合う人に

 ふるさとを霞隔てて吉野山、晴れぬ雲井に遠ざかる覧
故郷を霞が(遠く)隔てて吉野山が見える、一向に晴れない雲居に(ますます故郷が)遠くに隔たって行くようですよ。(山寺に籠って語り合う人たちには吉野山を隔ててその先に故郷が有るが霞で見えない。その更に先に霞とも雲とも区別のつかない雲居が更に故郷を遠ざけているような気がしますね。と共感を分かつ歌)
ここでは霞を単なる霞としたが、涙を伴った心の霞と取ることも出来よう。
らん
覧;「らむ」の音便。現在の状態を表す「あり」の要素と推量の助動詞「む」の結合したもの「あらむ」の約音。現在の事に関して確かかどうか、或は如何してかなどの疑念を込めて述べる語句。現在起っていると推量している意を表す。
…であるのだろう。…なのだろう。



     桜の花の元にて旅人に別れを惜しんでおりまして



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