本阿弥切・巻子本(古今和歌集巻第十四 恋歌四)部分拡大     戻る 本阿弥切 一覧へ

                                    写真をクリックすると拡大画面になります 昭和初期模本
青グレー・蓮唐草具引剥奪唐紙料紙一葉分


本阿弥切 部分 具引唐紙 青グレー 『蓮唐草』
蓮唐草(はすからくさ)
 清書用 臨書用紙 本阿弥切 青灰色 『蓮唐草』 拡大へ
料紙
具剥奪唐紙
『蓮唐草』


巻子本
本阿弥切

古今和歌集巻第十四 恋歌四

解説及び
使用字母


 具剥奪唐紙『蓮唐草』(元は具引唐紙が経年使用により部分剥落したもので、具引剥奪唐紙ともいう。)
この部分では読人は縦に真っ直ぐ書き、歌はやや斜めにして段落を多くとり、歌一首を約二行に収めて書くという珍しい手法で書かれている。


歌番号は元永本古今和歌集での通し番号(歌の一部が異なっている場合も同じ番号で記載)
 ( )内の歌番号は小松茂美氏監修「本阿弥切古今集」(二玄社発行)の通し番号(類推) 
            かな                          使用字母          解釈(現代語訳)
727                            (721)
 くれなひの
    はつはなぞめの
         いろふかく
              おもひし
                心 我わす
                     れめや

728      かははらの左の大まうちきみ (722)
 みちのくの
      しのぶもぢずり
          たれゆゑに
            みだれそめ
                にし我心かは

729       よみびとしらず        (723)
 おもふより
      いかにせよとか
           あきかぜに
            なびくあさ
               ぢの いろことに
                      なる
730                            (724)
 ちちのいろに
     うつろふらめど
          しらなくに
           こころしあき
               の もみぢな
                    らねば

731           をののこまち     (725)
 あまのすむ
     さとのしるべに あらねども
            うらみむとのみ
                 人のいふら
                      む

732           しもつきのをむね   (726)
 くもりびの
    かげとしなれる 我な
           れば めに
                こそみえね
                   みをばはな
                       れず
            つらゆき
733                            (727)
 いろもなき
      心を人に
          そめし
            より うつろはむ
                  とは おもほえ
                      なくに
         
            よみびとしらず
734                            (728)
 めづらしき 人を
     みむとや しか
         もせぬ 我
              したひもの と
                 けわたるら
                      む
735                            (729)
 かげろふの
     それかあらぬか
          はるさめの
              ふる人みれば
                   そでぞひ
                     ちぬる
736                            (730)
 ほりえこ
   ぐ たななし
        をぶね
           こぎかへり
         おなじ人にや こひわたり
                    なむ

            伊せ

737
                            (731)
 わたつうみと
    あれにしとこを
         いまさらに
            はらはばそでや
               あはとうき
                  なむ

            つらゆき
738                            (732)
 いにしへに なを
        たちかへる 心
              かな
 こひしきごとに も
    のわすれせで


727
 久禮奈為乃
     者川者那曾女乃
          □□□□□
                 於毛日之
                     心 我和春
                          礼免也


728       可者々良乃左乃大万宇知支美
 美知乃久乃
      之乃不毛知寸利
            多礼由恵爾
               美多礼曾女
                    仁之我心可波


729           与美比止之良寸
 於毛不與利
       以可爾世與止可
              □□□□仁
               奈□久安□
                   知乃以呂己止仁
                            奈留

730
 遅々乃移呂爾
      宇川呂不良女止
             之羅□□□
              □□□之□□
                    乃毛美知那
                          良年盤

731           遠乃々己末知
 安万乃寸无
      左止乃之□部二 □羅□□□
                □□□之□□□
                       人乃以不良
                             牟


732           之毛川希乃遠无年
 久毛利□乃
     可□□□□□□我奈
                禮波免爾
                    己曾美衣年
                       美遠波々那
                            礼須
             川良遊幾
733
 以呂毛那支
       心遠人爾
            曾女之
               与利 宇川呂和无
                     止者 於毛□江
                           那□仁

             与美比止志良寸
734
 女川良之支人遠
      美无止也之可 
           毛世奴我
                之多日毛乃止
                    个和多留良
                          無
735
 可个呂不乃
     曾禮可安□奴可
            者留佐免乃
                  不□人美礼八
                       □天□非
                          □奴留

736
 本利衣己
     久多奈々之
           遠不年
              己支□□利
            於奈之人爾也己日和多利
                          奈无


             伊世
737
 和多川宇三止
    安禮爾之止己遠
           意万佐良仁
                者良波々曾天也
                   安者止宇支
                       奈无

             川良由支
738
 以爾之部爾奈乎
         多知可部流心
                可那
 己比之支己止仁 毛
      乃和寸連世天



「禮」は「礼」とすることも。
「爾」は「尓」とすることも。
「與」は「与」とすることも。
「个」は「介」とすることも。

          現代語訳                            解釈         解説及び使用字母
 


 解説右側は

 使用字母


左側のひらがな中漢字の意味の通じるものは漢字で表記


□は判読不能の文字














こ こ ろ   あ き
□□□之□□
この部分のこころはおそらく漢字の「心」一文字と思われる。





































































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727
「紅の初花染の色深く、思ひし心我忘れめや」
紅花の初花染の色が深い様に、同じく深く思いを寄せた心を私は忘れる事などあるだろうか。


                       
かははらのひだりのおおいまうちぎみ
                       河原左大臣

728
「陸奥の忍もぢずり誰故に、乱れ初にし我心かは」
陸奥のシノブモジズリの花の乱れた花模様のように、一体誰のせいで乱れ始めた私の心情なのでしょうか。


                       詠み人不明

729
「思ふより如何にせよとか秋風に、靡く浅茅の色ごとになる」
思い悩むよりも如何したものかと秋風に、風に靡く背の低い茅萱の色毎の様であるよ。


730
「千々の色に移ろふらめど知らなくに、心し秋の紅葉ならねば」
様々な色に色変わりしているようであるが知らなかったことだなあ、心は秋の紅葉じゃないので。


                       小野小町

731
「海人の住む里の導に在らねども、うらみむとのみ人の言うらむ」
漁師の住んでいる里の案内人ではないですが、浜辺を眺めては恨みに思ってるばかりのようだと人が噂しているのは何故でしょう。


                       
しもつきのをむね
                       下野雄宗

732
「曇り日の影とし成れる我なれば、目にこそ見えね身をば離れず」
曇り日の影の様にだけ成れる私であるので、目には見えないけれども私自身は離れないで居りますよ。


                       紀貫之

733
「色も無き心を人に染めしより、移ろはむとは思ほえなくに」
不愛想な心をあの人に深く留めた時より、心変わりしようとは思はれない事だなあ。


                       詠み人不明

734
「珍しき人を見むとや然もせぬ、我下紐の解け渡るらむ」
珍しい人を見るとかいう、そんなにまでしないが、私の下紐が繰返しほどけてしまう事だなあ。



735
「陽炎の其れか有らぬか春雨の、ふる人見れば袖の漬ぢぬる」
そうなのか、そうでないのか春雨の降る日に、昔馴染みを見たなら袖が濡れてしまっていたことよ。



736
「堀江漕ぐ棚無し小舟漕ぎ返り、同じ人にや恋渡りなむ」
堀江を漕ぎ進む棚の無い小舟が元の方へ漕ぎ返る様に、同じ人に恋い慕い続けることだろうか。


                        伊勢

737
「わたつ海と荒れにし床を今更に、払はば袖や泡と浮きなむ」
大海原の様に荒れてしまった床を今更払った処で、袖は泡の様に不安定で落ち着かないでしょう。


                        紀貫之

738
「古に尚立ち返る心かな、恋しき如に物忘れせで」
遠い昔に元の様に立ち戻って行く心であるなあ、懐かしい事の様に物忘れすることも無くて。


 

727
(最初の紅花で染めた紅色の初花染の色が深いのと同様に、貴方を深く恋い慕った心を私が忘れる事などあるだろうか。否ありはしないだろう。)との意を詠んだ歌。

初花染;紅花の初花で染める事。又その染めた物。

728
(陸奥でひっそりと隠れるように咲くモジズリの乱れた花模様のように、貴方以外の誰のせいで乱れ始めてしまう事に為った、このざわつく心だとお思いですか。)との意。捩じれて見え隠れする花を揺れ動く心に重ねて詠んだものか。

729
(思い悩んで苦しむよりも如何したものかと秋風にでも尋ねてみようか、揺れる気持ちがまるで侘しい荒野で靡く茅萱の様々な色の様に思われるので)との意。
あさぢ        ちがや  むぐら よもぎ
浅茅;丈の低い茅萱。「葎」「蓬」と共に荒れ果てた場所の描写によく用いられる。イネ科の雑草で、若い芽にある花穂はツバナといって食べると甘みがある。

730
(草木が様々な色に色変わりしているようにあの人も心変わりしているようであるが気づかなかったことだなあ、私の心は秋の紅葉と云う訳ではなく飽きは来ていないので。)との意。

なくに;…ないことだなあ。…しないのに。打消しの助動詞「ず」のク用法「なく」に確定の意の接続助詞「に」。又は感動・強調の間接助詞。

心し秋;秋になると木の葉の色が変わるように飽きて心変わりすること。「秋」を「飽き」に掛けて心に訪れる秋を言う。「し」は強意の助詞。

731
(漁師の住んでいる里の水先案内人と云う訳ではないですのに、何か残念な事でもあるかのように未練がましく浜辺を眺めてばかりだと人が噂しているのは何故でしょう。)

うらみ;「浦見」と「憾み」との掛詞。

らむ;どうして…ているのだろう。…ているのは何故だろう。現在の事実について原因・理由を疑問を以って推量する。

732
(晴れた日であれば影も見えましょうが、曇りの日ばかりの何時も陰に隠れる影の様にしか成れない私ですので、目には見えないですが私自身は離れる事無くちゃんと貴方様の傍に居りますよ。)との意。

733
(素っ気ない心ではありますが愛しいあの人を深く気に留めた時から、心変わりしようなどとはこれっぽっちも思われない事だなあ。)との意。

734
(賞賛すべき愛らしい人を見たいとかいう、そんなにまでして思わないが、私の下紐の結び目がが何度も何度も解けてしまう事だなあ。)との意。

下紐;下裳の紐。人に恋されたり、恋人に会えたりする前兆として下ひもが解けると云う俗信が有った。

735
(陽炎の様に曖昧ではっきりしないが、あれは昔のあの人だったのかそうではなかったのか、春雨の降る日に訪ねて来た昔馴染みの人に会ったらどういう訳か雨に降られたかのように私の袖が濡れてしまっていたことよ。)との意で嘗て恋心を寄せていた人かも知れない人に思わず涙した歌。

陽炎の;枕詞。「それかあらぬか」「あるかなきか」などに掛る。

ふる人;「古人」と「降る日と」との掛詞。

736
(狭い運河を漕ぎ進む棚の無い小さな舟がまた元の方へ同じところを漕ぎ帰るように、別の人には目もくれず同じ人に恋い慕い続ける事に為るのだろうなあ。)との意。

にや;…だろうかなあ。はっきり分かっている事を態とぼかして遠回しに言う。断定の助動詞「なり」の連用形「に」に疑念の係助詞「や」。

737
(大海原の様に荒れ果てしまった居場所を今更綺麗に整えた処で、きっと涙を打ち払った袖が泡の様に不安定で心は落ち着かないでしょうね。)との意。

738
(遠い昔に覚えた記憶の中に再び引き込まれて行く気持でございますね、懐かしいことの様に思い出しておりますよ。物忘れすることも無くてね。)との意を詠んだ歌。



 
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かははらのひだりのおおいまうちぎみ 
かはらのおほきおおいまうちぎみ = みなもとのとおる        
河原左大臣;河原太政大臣=源融。平安時代前期の貴族で、嵯峨天皇の皇子。源姓を賜り仁明天皇の養子となる。官位は左大臣皇太子傳。賀茂川の畔、六条河原に壮麗な邸宅(河原院)を構えたので河原左大臣と呼ばれていた。河原院は陸奥の塩釜を模したとされ、毎月30石の塩を池に運び入れ、塩屋で焼く煙が立ち昇ったと伝えられている。晩年は嵯峨の清涼寺で暮らし、霞を眺めながら過ごしたとされている(山荘棲霞観)。生年822年~没年895年

しのぶもぢずり

忍捩摺;忍草の様なモジズリの意か。或は忍ぶモジズリの意か。北海道から九州まで日本全土に分布し、芝生などの日当たりの良い草地で草に紛れて隠れる様に生えるラン科の多年草。細長い広線形の葉で花穂の無い時期は5~10cm程度でノキシノブと姿が似ている。晩春~夏にかけて20~40cm程の花穂を出し、淡紅色で5mm内外の小花を一列にしてらせん状に捩った状態で付けているのでこの名がある。ネジバナともいう。捩じれて見え隠れする花を揺れ動く心に重ねたものか。
しのぶずり
忍摺り;摺り衣の一種。陸奥の信夫郡から産出した忍草の茎や葉で不規則に乱れた模様を布に摺り付けた物といわれ、狩衣などに用いた。これを指して「しのぶもじすり」とも云われるとか。


おののこまち
小野小町;平安中期の歌人で、六歌仙・三十六歌仙の一人。古今和歌集の代表的歌人で、恋愛歌に秀作が有り、柔軟で艶麗な歌が多く詠まれている。小野篁の子で出羽郡司となった小野良真の娘に生まれる。文屋康秀・凡河内躬恒・在原業平・安倍清行・小野貞樹・僧正遍照らとの贈答歌が有り、仁明・文徳天皇朝頃に活躍した人と知られる。後の世に歌の才能優れた絶世の美女として七小町などの伝説があり、小町塚や小町誕生の井戸など各地に逸話が残る。古今集には約60首が収録されている。


しもつきのをむね          しもつけ    しもつけの                                                   けぬのくに
下野雄宗;詳細不明。「下野」は「下毛野」の略。下毛野は東山道八か国の一つ、野州の旧国名で今の栃木県に当たる地域。毛野國が「上毛野」と「下毛野」とに分けられてできた国名。恐らくこの地域から出た豪族の中の一人と思われるが、人物の資料無し。歌もこの一首のみ。

きのつらゆき
紀貫之;平安時代前期の歌人で歌学者でもあり、三十六歌仙の一人でもある。歌風は理知的で修辞技巧を駆使した、繊細優美な古今調を代表している。醍醐・朱雀両天皇に仕え、御書所預から土佐守を経て従四位下木工権頭に至る。紀友則らと共に古今和歌集を撰進する。家集に「貫之集」の他、「古今和歌集仮名序」、「大堰川行幸和歌序」、「土佐日記」、「新撰和歌(撰)」などがある。生年868年~没年945年頃

 いせ
伊勢;平安中期の歌人で三十六歌仙の一人。伊勢守藤原継蔭の女(娘)で宇多天皇の子供(行明親王)を産んで伊勢の御とも称されたが、皇子は早くに亡くなってしまう。同じく三十六歌仙の一人である中務の母でもある。元々は宇多天皇の中宮温子に仕えていたが、やがて天皇の寵愛を得る事となった。更に後には敦慶親王と親しくなり生れたのが中務となる。古今集時代の代表的な女流歌人で、上品で優美な歌を得意として古今和歌集以下の勅撰集に約180首もの歌が残る。生没年不詳、877年頃~938年頃。




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