香紙切 (巻第八 恋 断簡)
丁子染紙(丁子茶色)
こちらの色は、ぼかしの様にも見えますが元々は単色の香染で、長年の変化により褪色、或は脱色した物と思われます。丁子茶色とは、丁子の煮汁で濃く染めた色でやや黄茶味の強く出たような色。ほんのりと丁子の香りのするような色のこと。
丁子茶色(ちょうじちゃいろ)
11.2cmx20.9cm
写真の状態があまりよくありませんがご了承ください。
かな |
使用時母 現代語訳へ |
だいしらず 人丸 あしびきの 山すげのねの ねもころに、われてぞ こふる きみが すがたを ひとの本につかはしける なかつかさ そでしきて ふしてまくらを おもひいでて、月見るごとに ねをのみぞ なく |
多以之良寸 人丸 安之飛支乃 山数希能禰乃 禰无己呂爾、和連弖楚 己布類 幾見可 寸可太乎 日止乃本爾川可八之遣流 奈可川可佐 楚弖志支天 婦新帝万久良越 於无比以天々、月見留己止爾 禰乎乃見曾 奈久 |
現代語訳 |
解説 使用字母へ |
題不知 人丸 お題不明 柿本人麻呂 『葦引きの山菅の根の懇に、われてぞ乞うる君が姿を』 ねんご 山では懇ろにと無理にでもお願いするとしよう、貴方の姿を。 人の許に遣わしける 中務 あのお方の処へ使いをおやりになった時 中務 『袖しきて臥して枕を思い出でて、月見る毎に音をのみぞなく』 片袖敷いて横になって枕を思い出して、月を見る度に声を出して泣くばかりでございますよ。 |
(山では懇意にして欲しいと是非ともお願いするとしよう。恋しく思う貴方の姿を一目でも見たいものだと。) あしび 葦引きの;枕詞。「山」にかかる。 菅の根の;枕詞。「懇ろ」に掛る。 ねもころ 懇;心遣いの細やかなこと。互いに親しみあうさま。懇意な様子。また男女が秘かに情を通じ合う事。 割れてぞ;強いて。無理にでも。是非とも。 或は、「我、手ぞ」(「手」は手段、方法。「ぞ」は強調の助詞) (私はその手立てを求めていますよ。愛しい貴方のお姿を拝見する為の手立てを。)の意となる。 こ こ 乞ふ;頼み求める。お願いする。 「恋ふ」にもかかる。 (片袖敷いて横になって貴方様の枕を思い出して、月を見る度毎に隣に貴方様がおられないことに声を出して泣くばかりでございますよ。)との意。 音をのみぞ無く;愛しき人の声だけが聞こえてこない。 音をのみぞ泣く;声を立てて泣く音だけが響き渡る。 ページ |
参考(人丸の歌) 当時、山鳥は谷を隔てて雌雄別々に寝ると考えられていた。そうしたイメージから当然相手の姿は窺い知る事が出来ずにいる、独り身の辛さを重ねて詠んだものと思われる。 『足引きの山鳥の尾のしだり尾の、長々し夜を独りかも寝む』(拾遺和歌集;恋三 柿本人麻呂) 山鳥の長く垂れ下がった尾の様に、長い長い秋の夜を一人っきりで淋しく寝るのだろうかねえ。 なかつかさ 中務;平安中期の歌人で三十六歌仙の一人。古今和歌集を勅撰したことで知られる醍醐天皇の皇弟で中務省長官、中務卿敦慶親王の王女。家集は『中務集』、天暦・天徳歌合せの作者。母はやはり三十六歌仙の一人、伊勢。 |
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