清書用 本鳥製 ハガキ 具引唐紙(蝋箋唐紙) 全ローセン『四菱紋』 
『墨乗り具合』
本鳥の子一号製です。地色を濃い古代紫色で胡粉染を行い、通常とは異なる具引(具=胡粉に染料を加えて練った糊)で濃色に仕上げた染を施し、全面に清書用加工を施した装飾料紙となっております。蝋箋唐紙は特殊な具を用い、版木を使った空摺りを施すことで、表面に光沢を持った唐紙柄を摺り出した料紙になります。全面柄を摺り出した物を全蝋箋、部分的に見え隠れするぼかし柄を施したものを半蝋箋と呼びます。
清書用加工を施してありますので、柄の上でも墨の濃淡や髪の毛のような細い線も表現できます。
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百人一首 ふんやのやすひで 文屋康秀;平安時代前期の歌人で六歌仙の一人。清和・陽成両天皇に仕える。是貞親王家歌合の作者で、自身の歌は古今和歌集や後撰和歌集に載る。 こきんわかしゅう 古今和歌集;八代集或は二十一代集の最初となるもので、勅撰和歌集の始まりとなるもの。平安時代前期の905年醍醐天皇(在位9年目若干21歳の時)の勅命、紀友則・紀貫之・凡河内躬恒・壬生忠岑が撰者となり編纂、但し紀友則は大方の歌を撰出した後間もなく没、その後約9年かかって漸く914年頃完成かと思われる歌集。収蔵は約1100首全20巻、前後に序を置くものも有り、その場合巻頭には仮名序巻末には真名序が有る。分類は、春・夏・秋・冬・賀・離別・羈旅・物名・恋・哀傷・雑・雑体の12に加えてこの時に初めて作られたと思われる大歌所御歌。長歌・旋頭歌の他は全て五七五・七七調(三十一文字)の短歌で、縁語・掛詞などを用いた繊細で優美な歌風の物が多い。 完本として在る最も古い書写となる元永本古今和歌集には本文の歌1112首及び仮名序に導入歌31首(三十一文字になぞらえた物と思われる)が有り、合わせて1143首(但し重複歌も含む)となっている。万の言の葉を集めていたため、当初は「続万葉集」ともしていた。古今集とも。 紀貫之の仮名序と漢文で書かれた紀淑望の真名序とがあり、貫之の書いたこの仮名序は日本で最初の歌論としての価値がある。 ごせんわかしゅう ふじわらのこれただ 後撰和歌集;平安時代二番目の勅撰和歌集で、20巻からなり、歌数は1426首を収録。951年村上天皇の命で藤原伊尹を別当として、清原元輔・紀時史・大中臣能宜・源順・坂上望城の六人が宮中の梨壺で撰集に当たった。古今集時代の歌人が多く、古今集に漏れた歌をはじめ当代に至る歌を拾い、撰者自身の歌は無い。贈答歌を主にして、詞書の形式に物語化の傾向が窺われる。 べっとう 別当;本官の有るものが臨時に別の職に当たる意。後には専任の長官の称となる。 ページ |