133
「草枕旅行く道の山辺にも、白雲ならぬ路宿りけり」
旅へ出かけて行く道の山辺にも、白雲ではないがその様な路が映っていたそうですよ。
伏見にて
134
「名に立ちて伏見の里という事は、紅葉を何処に敷けばなりけり」
有名になって伏見の里に居るという事は、紅葉をどこに敷けば良かったのだろうかなあ。
或は
浮名の噂が立って伏見の里に居る事は紅葉を床として敷いて寝ていたからなのだろうかなあ。
亭子院の御前にて花が風流に咲いていて
玉のような露が降りていたのを、お取り寄せになって御覧に入れよう
としまして
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「白露の変わるも何か惜しからむ、有りての後も世は憂きものを」
白露の変化してしまうのも何だか惜しいようであるよ、栄えていた後でもこの世の中は辛いものであるからなあ。
御返しの歌
136
「植えたてて君がしめ結ふ花なれば、玉と見えてや露も置くらん」
植え替えて貴方様が色艶や香りを供えられた花であるからこそ、玉のように見えて露も降りているのでありましょうか。
或は
「植え立てて君が締め結ふ花なれば、玉と見えてや露も置くらん」
植え替えて(庭一面に)生させて上皇様が結び束ねる花であれば、白珠に見えるような露も降り来ることでしょう。
紫苑(という題で)
137
「受け留むる袖を絞りて貫かば、涙の珠も数は見てまし」
涙を受け溜めておいた袖を絞って貫いたならば、涙の珠も数は見て取れるでしょう。
138
「露だにも置くとも見えぬ秋萩は、更けし峰西に月の成るらむ」
露でさへも置くようにも見えない秋萩であるのに、すっかり夜が更けてしまった尾根の西には月が見えているのでしょうか。
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133
(旅へ出かけて行く時の道すがらで遠くに見える初めて見る山辺にも、まるで白雲がたなびいているように見える道筋が映って見えたそうですよ。)とあそこを通って行くのかとの意。
「道の」の「道」は「未知」との掛詞。
くさまくら
草枕;枕詞、「旅」「結ぶ」「結ふ」「露」「仮」などにかかる。元の意は草を結んで枕として野宿したことに依る。旅の仮寝。
134
(噂になってしまって貴族の別荘地である伏見に居るの為、顔が一面紅潮してしまったので顔ではなくて何処に紅葉を散らせばよかったのでしょうかねえ!)との意。
紅葉を散らす;若い女性が恥ずかしさのあまりにまるで紅葉の葉を散らすかのようにパッと顔を赤らめる事の形容。
135
(隠居後は悠々自適にと思っていたが、天子として栄えていた頃の後でも世の中は辛いものなので、今が風流であれば変化させてしまうよりもそのまま眺めていたいものだよ。露の命は短いので)との意。
136
(植え替えて庭一面に際立たせて亭子院殿が咲かせた花であるなら、玉と見られる様な白露もきっと降り来ることでしょう。心配なさらずとも)との意を返した歌。
染結ふ;色や香りを染込ませて花を咲かせる。=色付いて咲く。
標め結ふ;自分の領地(花畑)として標して縄などで結ぶ。
締め結ふ;紐などで縛って結ぶ。=花束の様に結ぶ
しをに
紫苑;シオン。薄紫色の美しい花をつけるキク科の多年草。小菊唐草の画材の一つ。
137
(もし涙を受け溜めておいた袖を絞って滴り落ちる涙の粒を玉として貫いたならば、涙の珠も数は足りていることでしょうね。)との意。
「見て」は「充て」との掛詞。
138
(露でさへも降りているようにも思われない秋萩の様子なのに、どうして夜が更けてしまった山尾根の西側には月が見えているのでしょうねえ。)月が出ていれば露が降りて来るはずなのにね、との意。
を にし
しをに;「更けし峰西に」の中に「しをに」を詠いこんである。(物名歌)
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