本来の第十紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
灰水青(浅葱色)
縦26.6cmx横47.2cm
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藍紙本万葉集
第十紙

清書用臨書用紙
第十紙 |
本来の第十紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
赤字の万葉仮名は適当に推定したものですのであまり参考になさらないでください。
水色文字の使用時母もこの巻に出て来る仮名からの推定です。
1684
はるやまは ちりすぐれども みわやまは
いまだふふめり きみまちかてに
泉河邊間人宿禰作歌二首
1685
河瀬之 激乎見者 玉裳可毛、散亂垂 川常鴨
かわのせの たぎつをみれば たまもかも
ちりみだれたる かわのつねかも
1686
牽牛星 挿頭玉之 嬬戀爾、亂二家羅之 此
川之瀬尓
ひこぼしの かざしのたまの つまごひに
みだれにけらし このかはのせに
鷺坂作歌一首
1687
白鳥乃 鷺坂山 松蔭爾、旅而去哉 夜深行乎
しらとりの さぎさかやまの まつかげに
やどりていかな よもふけゆくを
名木河作歌二首
1688
炎干 人母在八方 沽衣、家尓者莫遣 旅之
標耳
あぶりほす ひともあれやも ぬれぎぬを
いへにはやらな たびのしるしに
1689
荒磯邊 着而榜 杏人之、濱過盤 戀有奈里
あらいそべに つきてこがさね からひとの
はまをすぐれば こほしくあるなり
高嶋作歌二首
1690
高嶋之 阿渡河波者 雖騒、吾者家念 宿悲見
(たかしまの あとがわなみは さわぐとも
われはいへおもふ やどりかなしみ)
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1684
波留也末者 知利春久礼止毛 美和也末盤
以末堂布々女利 幾美末知可天爾
ほとり はしひと
泉河の邊にして間人宿禰の作れる歌二首。
1685 たぎ
河の瀬の激ちを見れば玉もかも、散り乱れたる川の常かも
1686 かざし
彦星の挿頭の玉の嬬恋に、乱れにけらしこの川の瀬に
比己本之乃 可佐之乃多末能 徒末己比爾
美多礼爾計良之 己能可波乃世耳
さぎさか
鷺坂にして作れる歌一首
1687 まつかげ
白鳥の鷺坂山の松影に、宿りて行かな夜も更け行くを
於保多支遠 春支天奈徒美爾 所比天為天
幾与支可波世遠 美留可左也个左
な ぎ が は
名木河にして作れる歌二首
1688 ぬれぎぬ
あぶり干す人もあれやも沾衣を、家にはやらな旅のしるしに
1689
ありそ からひと こほ
荒磯べにつきてこがさね杏人の、濱を過ぐれば恋しくあるなり
安良以曾邊爾 徒支天己可左禰 可良比止能
者末遠春久礼波 己保之久安留奈利
高島にして作れる歌二首
1690 あ と がわなみ われ おも
高島の阿渡河波は騒けども、吾は家念ふ宿り悲しみ
(多可之末能 安止可波奈美波 左和久止毛
和礼盤以部於毛不 也止利加奈之美)
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ページ
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水色文字はかな部分の使用字母
ここの( )は第五紙に在り
(本来の第十一紙)
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本来の第十七紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
灰水青(浅葱色)
縦26.6cmx横48cm
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藍紙本万葉集
第十七紙

清書用臨書用紙
第十七紙 |
本来の第十七紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
赤字の万葉仮名は適当に推定したものですのであまり参考になさらないでください。
水色文字の使用時母もこの巻に出て来る仮名からの推定です。
あともひて こぎゆくふねは たかしまの
あとのみなとに はてにけむかも
春日藏歌一首
1719
照月 雲莫隠曾 嶋蔭爾、我舟將泊 泊不知裳
てるつきを くもなかくしそ しまかげに
わがふねはてむ とまりしらずも
右一首或本云、小辨作。或姓氏記而無記名字、
或称名號不称姓氏。然依古記、便載次以。
凡如斯類、下皆效是。
元仁歌三首
1720
馬竝而 打群越來 今見鶴、芳野乃川 何時反
將見
むまなめて うちむれこえき いまみつる
よしののかはを いつかへりみむ
1721
苦母 晩濡日鴨 吉野川、清河原 雖見不飽爾
くるしくも くれぬるひかも よしのがは
きよきかはらを みれどあかなくに
1722
吉野川 河波高見 瀧之浦乎、不見可也南
戀計巻二
よしのがは かはなみたかみ たきのうらを
みずかなりなむ こほしけまくに
絹歌一首
1723
蛤鳴 六田之河 川楊乃、懇雖見 不飽河香聞
かはづなく むつだのかはの かはやぎの
ねもころみれど あかぬかはかも
島足歌一首
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安止毛比天 己支由久布禰者 太可之末能
阿止乃美奈止爾 波天仁个武可毛
春日藏の歌一首
1719 は とまり
照る月を雲な隠しそ島陰に、我が舟泊てむ泊知らずも
天留徒幾遠 久毛那可久之曾 志末可計爾
和可不禰者天无 止末利之良春毛
しょうおおともひ
右の一首は或本に云はく、小辨の作なりといへり。
みゃうがう
或は姓氏を記して名字を記すことなく、或は名号を
い
称ひて姓氏を称はず。然れども古記に依りて、便ち
くだり なら
次を以って載す。凡そ斯くの如き類、下皆これに效へ。
ぐわににむ
元仁の歌三首
1720 な き よし の かへ
馬竝めてうち群れ越え来今見つる、芳野の川をいつ反り
見む
武末奈女天 宇知牟禮己衣幾 以末美川留
与之乃々可波乎 以川可部利美武
1721 く
苦しくも晩れぬる日かも吉野川、清き河原を見れど飽か
なくに
久留之久毛 九礼奴留比可毛 与之能可者
幾与支可波良遠 美礼止安可那久爾
1722 こほ
吉野川河波高み滝の浦を、見ずかなりなむ恋しけまくに
与之能可者 可波那美多可美 太支乃宇良遠
美春可奈利那武 己保之計万久爾
絹の歌一首
1723 むつだ かはやぎ ねもころ
かはづ鳴く六田の川の川楊の、懇見れど飽かぬ河かも
可波川奈久 武川多乃可者能 可波也支乃
禰毛己呂美礼止 安可奴可波可母
島足の歌一首
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ページ
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水色文字はかな部分の使用字母(類推)
泊不知裳;或は
等萬里不知母
元仁;(げんにん)
後堀川天皇朝の年号1224〜1225年
かわやぎ
川楊;川柳
川辺に生える柳
不飽河香聞;
不飽河鴨
或は不飽君鴨
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本来の第十八紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
灰水青(浅葱色)
縦26.6cmx横48.0cm
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藍紙本万葉集
第十八紙

清書用臨書用紙
第十八紙 |
本来の第十八紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
赤字の万葉仮名は適当に推定したものですのであまり参考になさらないでください。
水色文字の使用時母もこの巻に出て来る仮名からの推定です。
1724
見巻欲 來雲領久 吉野川、音清 見爾羨九
みまくほり こしくもしるく よしのがは
おとのさやけさ みるにともしく
麻呂歌一首
1725
古之 賢人 遊將爲、吉野乃川原 雖見不飽鴨
いにしへの さかしきひとの あそびけむ
よしののかわら みれどあかぬかも
右柿本朝臣人麻呂之歌集出
丹比眞人歌一首
1726
難波潟 鹽干爾出而 玉藻苅、海未通女等
汝名告西尼
なにはがた しほひにゐでて たまもかる
あまのをとめら ながなのらさね
和歌一首
1727
浅蜊爲 人跡乎見益 草枕、旅往人 妾者不告
あさりする ひととをみませ くさまくら
たびゆくひとに われはものらじ
石河卿歌一首
1728
慰而 今夜者寐南 明日依盤、戀香聞將往
所此間別者
(なぐさめて こよひはぬなむ あすよりは
こひかもゆかむ いまわかれなば)
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1724 ほ こ さや
見まく欲り来しくもしるく吉野川、音の清けさ見るにともしく
美末久本利 己志久毛之留九 与之乃可波
於登乃左也个佐 美流仁止毛之久
麻呂の歌一首
1725
いにしへ さか
古の賢しき人の遊びけむ、吉野の川原見れど飽かぬかも
以爾之部乃 佐可之支比止能 安曾日計武
与志乃々可者良 美礼止安可奴可毛
右は柿本朝臣人麻呂の歌集に出でたり。
丹比眞人歌一首
1726 しほひ あま を と め な
難波潟潮干に出でて玉藻刈る、海未通女ども汝が名
の
告らさね
奈爾者可多 之保比爾為天々 多末毛可留
阿末乃遠止女良 奈可那能良左禰
こた
和ふる歌一首
1727 われ の
あさりする人とを見ませ草まくら、旅行く人に妾はも告らじ
安左利春留 比止々遠美末世 久佐末倶良
太比由久比止爾 和連者毛乃良之
石河卿の歌一首
1728 こよひ こ
慰めて今夜は寝なむ明日よりは、恋かも行かむ此間ゆ
別れなば
(奈久左女天 己与比盤禰奈无 安春与利
波、己比可毛由可无 以末和可礼奈八)
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1728かな(女手)は模本第十一紙にあり。
ページ
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水色文字はかな部分の使用字母
ここの( )は第十一紙に在り
(本来の第十九紙)
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第二十三〜二十六紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
灰水青(浅葱色)
縦26.6cmx横51.2cm
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藍紙本万葉集
第二十三紙

清書用臨書用紙
第二十三紙 |
本来の第二十三紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
赤字の万葉仮名は適当に推定したものですのであまり参考になさらないでください。
水色文字の使用時母もこの巻に出て来る仮名からの推定です。
見二河内大橋獨去娘子一歌一首 并短哥
1742
級照 片足羽河之 狭丹塗之、大橋所上 紅
乃、赤裙須蘇延 山藍茂地、摺衣著而 惟獨
伊渡児者 若草之、夫閑有濫 樫實乃、獨閑
寐良武 問者巻野、擅我妹之 家之不知久
反歌
1743
大橋之 頭二家有盤 心悲久、獨往児爾 宿
貸益乎
おほはしの つめにいへあらば うらがなしく
ひとりゆくこに やどかさましを
見二武蔵小埼沼鴨一作歌一首
1744
埼玉之 小埼沼爾 鴨所翼霧、己尾
降措霜乎 掃頓二有四
さきたまの をざきのぬまに かもぞはねきる、
おのがをに ふりおけるしもを はらふとにあらし
那賀郡曝井歌一首
1745
三栗之 那賀向 曝井乃、不絶通者武
所己爾妻裳賀
みつぐりの なかにむかへる さらしゐの、
たえずかよはむ そこにつまもが
手綱濱歌一首
1746
遠妻之 高爾在世者 不知雖、手綱能濱乃
尋來葛思
とほづまし たかにありせば しらずとも、
たづなのはまの たづねきなまし
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ひとり ゆ をとめ
河内の大橋を獨去く娘子を見る歌一首。并びに短歌
1742
しな て かた し は がは に ぬり くれなゐ
級照る片足羽河のさ丹塗の、大橋の上ゆ紅の、
すそ び やまあゐ きぬ
赤裳裾引き山藍もち、摺れる衣着てただ独り、
つま かし
い渡らす児は若草の、夫かあるらむ樫の実の、独りか
ぬ と わぎも
寝らむ問はまくの、ほしき我妹が家の知らなく
反歌
1743 つめ うらがな
大橋の頭に家あらば心悲しく、独り行く児に宿貸さましを
於本者之乃 徒免爾以部安良盤 宇良可奈之久
比東利由久己仁 夜止可左末之遠
をざきのぬま
武蔵の小埼沼の鴨を見て作れる歌一首
1744
さきたま をざき はね おの
埼玉の小崎の沼に鴨ぞ翼きる、己が尾にふりおける霜を
はら
掃ふとにあらし
左幾多末乃 遠佐支乃奴万仁 可毛曾波禰幾留、
於乃可越爾 不利於計留之毛遠 者良不止爾安良志
那賀郡の曝井の歌一首
1745
みつぐり なか さらしゐ
三栗の那賀に向へる曝井の、絶えず通はむそこに妻もが
美川久利乃 那可爾武可部留 左良之為能、
堂衣須可与者无 曾己耳徒末毛可
たづなのはま
手綱濱の歌一首
1746
とほづま たか
遠妻し高にありせば知らずとも、手綱の濱の尋ね来なまし
止本徒末之 多可爾安利世波 之良寸止毛、
堂川奈乃者末乃 多春禰幾那末之
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ページ
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水色文字はかな部分の使用字母
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本来の第二十四紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
赤字の万葉仮名は適当に推定したものですのであまり参考になさらないでください。
水色文字の使用時母もこの巻に出て来る仮名からの推定です。
春三月諸卿大夫等下二難波一時歌二首并短
歌
1747
白雲之 龍田乃山之 瀧上能、小鞍乃嶺 咲覆、
櫻花者 山高見、風之不止盤 春雨之、継而師
零盤 秀枝者、散過爾希里 下枝尓、残花者暫者、
散勿亂 草枕、客往君之 還來麻天
反歌
1748
吾行者 七日者過而 龍田彦、由免此花乎
風爾莫散良志
わがゆきは なのかはすぎじ たつたひこ、
ゆめこのはなを かぜになちらし
1749
白雲之 立田乃山乎 夕暮爾、打越往者 瀧上能、
櫻花者咲有波、散過二家利 含者、咲継可爲
此方此方乃、花盛爾 雖不見、彼是爾
君御幸者 今爾之可有
反歌
1750
暇有盤 漬佐悲渡 向峯乃、櫻花裳 折麻志
物乎
いとまあらば なづさひわたり むきつをの、
さくらのはなも をらましものを
難波経宿明日還來時歌一首并短
歌
1751
島山乎 射往廻 河副能、崗邊乃従道 昨日
許所、吾越來之可 一夜耳、宿足殻二 峯
上之、櫻花者 瀧従瀬、落而流留 君見、其日
麻天庭 山下乃、風莫吹途 打越而、名爾負
遍流社爾 風祭爲莫
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けいたいふ
春三月、諸卿大夫等の難波に下りし時の歌二首
并びに短歌
1747 たつた へ をぐら
白雲の龍田の山の滝の上の、小鞍の嶺に咲きををる、
櫻の花は山高み、風し止まねば春雨の、継てしふれば
ほ しもつえ
秀つ枝は、散り過ぎにけり下枝に、残れる花はしましくは、
散りな乱れそ草枕、旅行く君が還り来るまで
反歌
1748 ゆき
わが行は七日は過ぎじ龍田彦、ゆめこの花を風にな散らし
和可遊幾波 奈乃可者寸支之 太川多比己、
由女己乃者那遠 可世爾那知良之
1749
白雲の立田の山を夕暮れに、うち越え行けば滝に上の、
ふふ
櫻の花は咲きたるは、散り過ぎにけり含めるは、咲き継ぬべし
こちごちの、花の盛に見ざれども、かにかくに
君が御幸は今にしあるべし
反歌
1750
いとま を
暇あらばなづさひ渡り向つ峯の、櫻の花も折らましものを
以登末安良者 奈都左日和多利 武支川越乃、
佐久良乃者那毛 遠羅末之毛能乎
や ど あすのひ
難波に経宿りて明日還り來し時の歌一首并に短歌
1751
島山をい行き廻れる河副の、丘邊の道ゆ昨日こそ、
こ ね を
わが越え来しか一夜のみ、宿たりしからに峯の上の、櫻の
花は滝の瀬ゆ、落ちて流る君が見む、その日までには
山下の、風な吹きそとうち越えて、名に負へる社に
風祭せな
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ををる;枝がしなるほどいっぱいに咲き誇る
ページ |
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本来の第二十五紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
赤字の万葉仮名は適当に推定したものですのであまり参考になさらないでください。
水色文字の使用時母もこの巻に出て来る仮名からの推定です。
反歌
1752
葦行相之 坂乃麓爾 咲覆、櫻花遠 令見兒
裳鴨
いゆきあいの さかのふもとに さきををる、
さくらのはなを みせむこもがも
檢税使大伴卿登二筑波山一時歌一首并短
哥
1753
衣手 常陸國 二竝、筑波山乎 見幕欲、君
之來益常 熱希求爾、汗掻鳴 木野禰取、
嘯登 峯乃上、君爾見須盤 乎神毛、許賜
女神母、幸給而 時止奈苦、雲井雨零 筑波
嶺乎、沙耶爾照而 以不雁之
後については後程掲載いたします。
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反歌
1752
い行相の坂のふもとに咲きををる、櫻の花を見せむ児もがも
以遊幾安以乃 佐可乃不毛止爾 左支遠々流、
佐久良乃波奈遠 美世武己毛可母
検税使大伴卿の筑波山に登りし時の歌一首并に短歌
衣手の常陸の国に二並ぶ、筑波の山を見まく欲り、君が
来ますと熱けくに、汗かきなけ木の根取り、
うそぶき登り峯の上を、君に魅すれば男の神も、許し賜ひ
女の神も、幸ひ給ひて時となく、雲井雨降る筑波嶺を、
清に照していふかりし、國のまほらをつばらかに、示し
賜へばうれしみと、紐の緒解きて家のごと、解けてぞ遊ぶ
打ち靡く、春見ましゆは夏草の、茂くはあれど今日の楽しさ
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ま ほ
眞秀ら;優れた良い所、国。
つばら
委曲か;つまびらか。詳しいさま。こまごまと。
打ち靡く;枕詞、春、黒髪、草などにかかる
ページ |
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第二十九〜三十紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
灰水青(浅葱色)
縦26.6cmx横46.0cm (奥付は15.8cm) |
藍紙本万葉集
第二十九紙

清書用臨書用紙
第二十九紙 |
本来の第二十九紙 藍紙本万葉集(藍紙万葉集)
ページ |
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