敏行集具引唐紙『菱唐草』

　三十六人集（西本願寺本）
　敏行集　具引唐紙『菱唐草』（清書用臨書用紙）　　　　　　　　　

藤原敏行の家集で、筆者は不明、同じく三十六人集中の遍照集・頼基集と同筆とみられる。現存する伝本が完本かどうかは不明であるが、本集が完本であるとするなら、三十六人集中最も少ない歌数で僅か二十四首であり、料紙数もそれに応じて僅かに五枚のみと辛うじて帖としての体裁を整える程度にとどまる。歌にはすべてに詞書が付けられている。

	切継料紙の書手本拡大へ解説及び使用字母へ
敏行集第五紙　具引唐紙・白『菱唐草』　（半懐紙）。

敏行集第五紙　具引唐紙・白『菱唐草』左下側部分の拡大です。菱唐草　花鳥折枝金銀袷型打は実物とは異なります。。具引唐紙・白（菱唐草）の花鳥折枝の柄違い代用品です。実物には柳・枝松・紅葉・草藤・千鳥などが描かれています。

敏行集第五紙　具引唐紙・白『菱唐草』右上側部分菱唐草の拡大です。写真が不鮮明ですがご了承ください。唐草柄を見え易くする為に光を当てておりませんので、花鳥折枝が影のように映っておりますが、金銀袷型打です。花鳥折枝は三十六人集中の別部分のものです。代用品としてのご利用になります。。

解説及び使用字母へ

敏行集・具引唐紙（菱唐草）　書手本　縦6寸7分、横1尺5分5厘　第五紙

歌番号は敏行集での通し番号　　　　　　　　　　　　　　　　　　青色文字は使用字母　　　　　　解釈（現代語訳）へ

22
　春さめの花のえだよりなが
　れこば、ぬれこそぬれめ
　　　　　　　なにかかくれむ

　　　これさだのみこのいへのうた
　　　あはせによめる
23
　しらつゆのいろはひとつ
　　をいかにして、秋の山べ
　　をちぢにそむらむ

　　　うぐひす
24
　こころからはなのしづくに
　　そぼちつつ、うぐひすとのみ
　とりのなくらむ

22
　春左免乃花乃盈太與利那可
　連己盤、奴連己曾奴礼面
　　　　　　　奈爾可々九礼無

　　　己礼左太乃美己乃以部乃宇太
　　　安者世仁與免類
23
　志良川由乃以呂者悲止川
　　遠意可仁之弖、秋乃山部
　　遠遅々爾曾武良無

　　　宇久飛須
24
　己々呂可良者那乃之川久仁
　　曾本遅川々、有九悲春止乃美
　止利乃奈久良无

「爾」は「尓」とすることも。
「个」は「介」とすることも。
「弖」は「天」とすることも。
「與」は「与」とすることも。
（　）は次項にあり。

　　　　　　　　　　現代語訳　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　解釈　　　　　　　　　解説及び使用字母へ

　　　寛平の御時、桜の宴会の開かれて日に雨が降り始めましたので

22
「春雨の花の枝より流れ来ば、濡れこそ濡れめ何か隠れむ」
春雨が桜の花の枝より流れ落ちてきたならば、そのまま濡れるなら濡らしておくれ、何かが隠れようか。

　　　是貞親王家の歌合せに詠んだ歌

23
「白露の色は一つを如何にして、秋の山辺を千々に染むらむ」
白露の色は只一色だと云うのに、どうして秋の山辺を様々な錦に染め上げることが出来るのだろう。

　　　鶯

24
「心から花の雫に濡ちつつ、鶯とのみ鳥の鳴くらむ」
自分の心が原因で花から滴り落ちる露に濡れながら、どうしてホケキョとだけ鶯の声が聞こえるのでしょう。

22
（春の雨が桜の花の枝より流れ落ちてきたならば、もっともっと濡らしていいよと願ってしまう、そのことで何かが隠れようか。否何も隠れはしないのだから。）と花見での雨降りへの遭遇を感動的に表現した歌。
さて、ここで隠れるのは桜の花か見物人か。

何か；反語を表す。どうして…か、いや…ではない。原因・理由の副詞「何」に疑問を表す係助詞「か」の付いたもので、結びは連体形となる。

23
（白露の色は只の一色だと云うのに露が下りる毎に、どういう風にして秋の山辺をあれやこれやと色々な錦に染め上げることが出来るのだろう。

僅かで儚い「白露」と広大な「山辺」、「一つ」と「千々」を対比させた表現で世の出来事の不思議を強調する。

24
（自分の心が原因で花から滴り落ちる露と共に自分の涙に濡れながら、どうして「人が来る」とばかりに鶯の声が聞こえるのでしょう。）当ては無いのに誰かが訪ねて来るとでも思って聞こえるのでしょうか。との自問自答の歌。

歌22の前に「寛平御時桜の宴在りける日雨の降り侍りければ」の詞書。

はるさめ
春雨；春の雨。特に若芽の萌える頃、しとしとと音もなく静かに降る細かな雨。

隠る；姿（ここでは桜の花）が見えなくなること。花が隠れるとは霧や靄で見えなくなる、また宵闇で見えなくなる、或は花弁が散って枝先に花が無くなる事にも使われる。桜の花は近くで見る場合と遠くを眺める場合とがあり、雨で見えなくなるのは遠くを眺める桜で、霧や靄で隠れてしまう事もある。近くで見る桜は相当酷いどしゃ降りでもない限り、雨で見えなくなることはまずない。桜の宴は庭先で行われるのが通常で、見物人が隠れてしまえばお花見の会は閉会となるので、ここでは桜と見るべきであろう。
雨が降って濡れたとしても桜が隠れてしまう事は無いので、例え幾らか散ったとしても又散り際も趣が有りますよ。との意を詠んだ歌。

しらつゆ
白露；露の美称。草木に置いた露が白く見えるところからいう。

鶯；背面は抹茶を褐色にしたような渋い色合い（ｵﾘｰﾌﾞ褐色）で腹面は灰白色のヒタキ科の小鳥。夏は低地の低林木や藪中で巣を作り、冬には平地に降りて来る。春先には平地でホーホケキョと美しい声で囀る。チョッ、チョッと単音で鳴くのをささ鳴き、鋭くチッチッチッチッチッケキョケキョケキョと鳴くのを谷渡と呼ぶ。春鳥・春告鳥・歌詠鳥・花見鳥・匂鳥・人来鳥・百千鳥・経読鳥などの異名がある。

　　ページ

　　　解説及び使用字母へ

ふじはらのとしゆき
藤原敏行；平安初期の歌人で、三十六歌仙の一人。三十人撰にも登場するが知られている歌は全て合わせても２８首と少ない。詳細は不詳であるが、古今集中には敏行朝臣と出ていることから、おそらく四位であったろうと推察される。生没年不詳。

なりひらのあさおみ
業平朝臣；在原業平。平安初期の歌人で、六歌仙、三十六歌仙の一人。阿保親王の第五皇子で、在五中将とも呼ばれた。兄の行平と共に８２６年に在原性を賜った。伊勢物語の主人公と混同され、伝説化されて容姿端麗、情熱的な和歌の名手で、二条后との密通や伊勢斎宮との密通などより、色好みの典型的な美男子とされ、能楽や歌舞伎或は浄瑠璃などの題材ともなった。紀有常の娘を妻とし、官位は蔵人頭、従四位に至る。生８２５年、８８０年没。

あそん　かばね
朝臣；姓の一種で、五位以上の人の姓名に付ける敬称。三位以上の者には姓の下に付けて名は記さず、四位の者には姓名の下に付け、五位の者には姓と名との間にこれを付けた。平安時代には最高の姓とされ皇子、皇女の臣籍降下の際にも賜与された。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ページ

	切継料紙の書手本拡大へ解説及び使用字母へ
敏行集第五紙　具引唐紙・白『菱唐草』　（半懐紙）。

敏行集第五紙　具引唐紙・白『菱唐草』左下側部分の拡大です。菱唐草　花鳥折枝金銀袷型打は実物とは異なります。。具引唐紙・白（菱唐草）の花鳥折枝の柄違い代用品です。実物には柳・枝松・紅葉・草藤・千鳥などが描かれています。

敏行集第五紙　具引唐紙・白『菱唐草』右上側部分菱唐草の拡大です。写真が不鮮明ですがご了承ください。唐草柄を見え易くする為に光を当てておりませんので、花鳥折枝が影のように映っておりますが、金銀袷型打です。花鳥折枝は三十六人集中の別部分のものです。代用品としてのご利用になります。。