敏行集（三十六人集・西本願寺本）

　三十六人集（西本願寺本）　　　　　　　　　　　　
敏行集　装飾料紙『具引唐紙』（清書用臨書用紙）　　　　　　　　　

藤原敏行の家集で、筆者は不明、同じく三十六人集中の遍照集・頼基集と同筆とみられる。現存する伝本が完本かどうかは不明であるが、本集が完本であるとするなら、三十六人集中最も少ない歌数で僅か二十四首であり、料紙数もそれに応じて僅かに五枚のみと辛うじて帖としての体裁を整える程度にとどまる。歌にはすべてに詞書が付けられている。料紙は五枚とも全て具引唐紙で表裏同色であるが、唐草柄は表面のみである。花鳥折枝は両面共に施されている。
（全料紙組順へ）


第五紙　菱唐草	第四紙　菱唐草	第三紙　獅子唐草	第二紙　獅子唐草	第一紙獅子唐草	敏行集表紙

写真の拡大は準備ができ次第行う予定です。

	切継料紙の書手本拡大へ解説及び使用字母へ
敏行集・芝桜（徒然乃）　（半懐紙）形の上では切継として一枚の料紙に成っていますが、実際には右側は前項の具引唐紙の裏面であり、左側は次項の具引唐紙の裏面を継いだものです。前項、次項共に見開き一枚で色違いの具引唐紙の料紙に成ります。柄はどちらも獅子唐草です。

敏行集・芝桜（徒然乃）右上側「芝桜（桜草）」部分の拡大です。染のみで唐草柄は有りません。花は銀、葉は草色の袷型打です。前項の具引唐紙（獅子唐草）の花鳥折枝にもこの芝桜が描かれています。

敏行集・芝桜（徒然乃）左側花鳥折枝部分の拡大です。白具引のみで唐草柄は有りません。金銀袷型打です。次項の具引唐紙（獅子唐草）の花鳥折枝にもこの柄が描かれています。

解説及び使用字母へ

敏行集・芝桜（徒然乃）　書手本　縦6寸7分、横1尺5分5厘　第二紙裏面・第三紙裏面

歌番号は敏行集での通し番号　　　　　　　　　　　　　　　　　　青色文字は使用字母　　　　　　解釈（現代語訳）へ

　かはらじ

　　　なりひらの朝臣のいへには
　　　へりけるをむなのもとに
　　　つかはす
７
　つれづれのながめにまさるなみ
　だがは、そでのみぬれてあふ
　よしもなし

　　　いかなりけるをりにか
８
　我ごとくものやかなしきほとと
　ぎす、ときぞともなくよたた
　なくらむ

　　　きさいのみやのうたあはせに
９
　こひわびてうちぬるなかに
　ゆきかよふ、ゆめのただちは

　（うつつならなむ）

　加盤良之

　　　奈利悲良乃朝臣乃以部爾波
　　　遍利个類遠无那乃毛止仁
　　　川可者春
７
　川礼々々乃那可免爾末左類奈美
　太可盤、曾天乃美奴礼弖　安不
　夜之毛那之

　　　意可奈利个留遠利爾可
８
　我己止久　毛乃也可那之支本止々
　幾数、止支曾止无奈久　與太々
　奈久良无

　　　幾左以乃美也乃宇太安八世仁
９
　古比和飛天有遅奴類那奈可仁
　遊幾可與婦、由免乃太々遅盤

　（宇川々奈良那無）

「爾」は「尓」とすることも。
「个」は「介」とすることも。
「弖」は「天」とすることも。
「與」は「与」とすることも。
（　）は次項にあり。

　　　　　　　　　　　現代語訳　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　解釈　　　　　　　　解説及び使用字母へ

　　　業平の朝臣の家に
　　　お仕えしている女性の所におやりになって
7
「徒然の眺めに勝る涙川、袖のみ濡れて逢ふ由も無し」
何もすることが無くてつくづくと物思いに耽っている姿にも勝っている涙川、袖だけが濡れてしまってお会いになる手立ても御座いませんよ。

　　　あれはどんな場合であったろうか。

8
「我が如く物や悲しき時鳥、時ぞとも無く夜直鳴くらむ」
まるで私の事のように悲しいものですね、何時と云う定まった時でもなく夜通し時鳥の鳴いているのは。

　　　皇后さまの歌合せの会で、

9
「恋詫びて打ち寝る中に行き通ふ、夢の直路は現成らなむ」
恋に悩み疲れて一寸うたた寝している時、夢の中で見た行き通う真っ直ぐな道は現実のものであって欲しいものですね。。

7
（ぼーとして物思いに耽っている姿はまるで涙川のようですよ、溢れ出る涙の川で袖だけが濡れてしまってお会いになる手立てすらありませんよ）との意。
「逢う由も無し」は「敢ふ由も無し」を含んでいる。
（涙が溢れ出るのを持ち堪える術も持ち合せておりませんよ。）との意。

如何なりける折にか；或事実を基に過去に有った事を回想する。

8
（まるで私の事のように悲しいものですね、何時と云う定まった時もなく夜通し時鳥の鳴いている声が聞こえてくるのは、自分が泣いているかの様に感じてしまいますね。夜通し鳴くのでしょうか。）との意。
よただ
夜直；「よたた」とも云う。夜通し。夜もすがら。夜直鳥はホトトギスの異称。

9
（恋に悩み疲れて一寸うたた寝している時、夢の中で見た貴方の許へと通じている真っ直ぐな道はどうか現実のものであって欲しいものですね。）との意。
　　　ぬ　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　ね
打ち寝る；寝る。「うち」は接頭語。語調を整える為のもの。「打ち寝」の連体形。
ただち
直路；真っ直ぐな道。「ただぢ」とも云う。

つれづれ
徒然；為すことも無くて、物寂しい様。手持ち無沙汰で退屈な様。つくづくと物思いに耽る様子。

きさい
后の宮；后の敬称。おきさき様。皇后。皇后宮。中宮。北の宮。などとも。又その御殿についても云う。
中宮については醍醐天皇が藤原穏子を中宮としてから皇后の別称となった。

　　ページ

ふじはらのとしゆき
藤原敏行；平安初期の歌人で、三十六歌仙の一人。三十人撰にも登場するが知られている歌は全て合わせても２８首と少ない。詳細は不詳であるが、古今集中には敏行朝臣と出ていることから、おそらく四位であったろうと推察される。生没年不詳。

なりひらのあさおみ
業平朝臣；在原業平。平安初期の歌人で、六歌仙、三十六歌仙の一人。阿保親王の第五皇子で、在五中将とも呼ばれた。兄の行平と共に８２６年に在原性を賜った。伊勢物語の主人公と混同され、伝説化されて容姿端麗、情熱的な和歌の名手で、二条后との密通や伊勢斎宮との密通などより、色好みの典型的な美男子とされ、能楽や歌舞伎或は浄瑠璃などの題材ともなった。紀有常の娘を妻とし、官位は蔵人頭、従四位に至る。生８２５年、８８０年没。

あそん　かばね
朝臣；姓の一種で、五位以上の人の姓名に付ける敬称。三位以上の者には姓の下に付けて名は記さず、四位の者には姓名の下に付け、五位の者には姓と名との間にこれを付けた。平安時代には最高の姓とされ皇子、皇女の臣籍降下の際にも賜与された。

敏行集料紙組順（三十六人集中では最も少ない料紙数）

紙順	料紙主仕様	料紙特徴
第一紙	具引唐紙（薄紫染）獅子唐草（黄雲母）	薄紫具引染地に黄雲母で獅子唐草の柄。桜草・梅ヶ枝・草花・千鳥など。両面花鳥折枝金銀泥手描き。裏面は唐草柄無の具引染に同様の花鳥折枝が描かれている。
第二紙	具引唐紙（薄紅染）獅子唐草（黄雲母）	薄紅具引染地に黄雲母で獅子唐草の柄。桜草・草花・千鳥など。両面花鳥折枝金銀泥手描き。裏面は唐草柄無の具引染に同様の花鳥折枝が描かれている。
第三紙	具引唐紙（白具引）獅子唐草（白雲母）	白胡粉地に白雲母で獅子唐草の柄。枝松・柳・紅葉・草藤・千鳥など。両面花鳥折枝金銀泥手描き。裏面は唐草柄無の白具引に同様の花鳥折枝が描かれている。
第四紙	具引唐紙（白具引）菱唐草（白雲母）	白胡粉地に白雲母で菱唐草の柄。枝松・草藤・紅葉・桜草・草花・千鳥など。両面花鳥折枝金銀泥手描き。裏面は唐草柄無の白具引に同様の花鳥折枝が描かれている。
第五紙	具引唐紙（白具引）菱唐草（白雲母）	白胡粉地に白雲母で菱唐草の柄。枝松・柳・紅葉・草藤・桜草・千鳥など。両面花鳥折枝金銀泥手描き。裏面は唐草柄無の白具引に同様の花鳥折枝が描かれている。

白具引の白は素色の意で色付けしていない胡粉の素色（乳白或は極薄ﾍﾞｰｼﾞｭ）の事を云う。古筆では白は素紙の色或は白具引の白を指し、何れも白色とするが実際には経年変化による黄ばみの為に薄茶色に見えることが殆どである。大抵は具引の方がより白い。
白雲母の白はいわゆる白色ではなく無色透明の意として使う。

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	敏行集・表紙
敏行集・表紙　　　　　題箋『止之遊幾』

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敏行集・芝桜（徒然乃）　（半懐紙）形の上では切継として一枚の料紙に成っていますが、実際には右側は前項の具引唐紙の裏面であり、左側は次項の具引唐紙の裏面を継いだものです。前項、次項共に見開き一枚で色違いの具引唐紙の料紙に成ります。柄はどちらも獅子唐草です。

敏行集・芝桜（徒然乃）右上側「芝桜（桜草）」部分の拡大です。染のみで唐草柄は有りません。花は銀、葉は草色の袷型打です。前項の具引唐紙（獅子唐草）の花鳥折枝にもこの芝桜が描かれています。

敏行集・芝桜（徒然乃）左側花鳥折枝部分の拡大です。白具引のみで唐草柄は有りません。金銀袷型打です。次項の具引唐紙（獅子唐草）の花鳥折枝にもこの柄が描かれています。

紙順	料紙主仕様	料紙特徴
第一紙	具引唐紙（薄紫染）獅子唐草（黄雲母）	薄紫具引染地に黄雲母で獅子唐草の柄。桜草・梅ヶ枝・草花・千鳥など。両面花鳥折枝金銀泥手描き。裏面は唐草柄無の具引染に同様の花鳥折枝が描かれている。
第二紙	具引唐紙（薄紅染）獅子唐草（黄雲母）	薄紅具引染地に黄雲母で獅子唐草の柄。桜草・草花・千鳥など。両面花鳥折枝金銀泥手描き。裏面は唐草柄無の具引染に同様の花鳥折枝が描かれている。
第三紙	具引唐紙（白具引）獅子唐草（白雲母）	白胡粉地に白雲母で獅子唐草の柄。枝松・柳・紅葉・草藤・千鳥など。両面花鳥折枝金銀泥手描き。裏面は唐草柄無の白具引に同様の花鳥折枝が描かれている。
第四紙	具引唐紙（白具引）菱唐草（白雲母）	白胡粉地に白雲母で菱唐草の柄。枝松・草藤・紅葉・桜草・草花・千鳥など。両面花鳥折枝金銀泥手描き。裏面は唐草柄無の白具引に同様の花鳥折枝が描かれている。
第五紙	具引唐紙（白具引）菱唐草（白雲母）	白胡粉地に白雲母で菱唐草の柄。枝松・柳・紅葉・草藤・桜草・千鳥など。両面花鳥折枝金銀泥手描き。裏面は唐草柄無の白具引に同様の花鳥折枝が描かれている。