清書用 古筆臨書用紙  関戸本古今集(昭和初期模写本)       戻る 清書用 臨書用紙へ 戻る はくび工房 臨書用紙へ
価格 40,260円(50枚入り)  

                          お問合わせは TEL(086‐943‐8727)、又はメール アイコンにて

名古屋に暮らす関戸家に伝えられていた古今和歌集の零本から、この名を関せられしものです。
元々古今和歌集は巻第一から巻第十の一帖(上冊)と、巻第十一から巻第二十の一帖(下冊)から成っていたので、関戸本もそうであったと思われるのですが、当時存在していたのは巻第一、巻第三、巻第四、巻第十一、巻第十二、巻第十四、巻第十五、そして巻第二十の八巻合せて四十八丁が残るのみでした。即ち項にして表裏合せて九十六項、歌二百八首の書写が残されておりました。
料紙は雁皮製の両面加工の物を使用し、同じ色の濃色2枚・淡色2枚を重ねて、4枚一組とし中央で縦向きに谷折として束を作り、その束を幾つか重ねて糸で綴った綴葉装の冊子です。
即ち、濃・濃・淡・淡・淡・淡・濃・濃と項を捲るごとに同系色のグラデーションが並びます。料紙は其々表裏を使用しますので、この一束で都合16項(ページ)分となります。

昭和初期の書写本です。
現在は分断され所在不明の項が主です(昭和27年に割譲散逸されたもの)。

解説中の歌番号は元永古今集での通し番号です。

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21項濃紫 20項濃紫  11項淡緑 10項淡緑  9項淡緑 8項淡緑  7項淡緑 6項濃緑  5項濃緑 4項濃緑   3項濃緑 2項薄茶
関戸古今 染 書手本  拡大へ 関戸古今 染 濃茶・濃紫 書手本   関戸古今 染 茶紫  拡大へ 関戸古今 染 書手本  拡大へ 関戸古今 染 書手本  拡大へ 関戸古今 染 書手本  拡大へ
39項淡茶 38項濃茶 35項濃茶 34項濃紫 33項茶紫 32項茶紫 31項濃紫 30項淡紫 29項淡紫 28項淡紫 25項淡紫 24項淡紫
関戸古今 染 淡緑 濃緑 書手本 拡大へ  関戸古今 染 書手本  拡大へ 関戸古今 染 書手本  拡大へ 関戸古今 染 淡緑 濃緑 書手本 拡大へ  関戸古今 染 書手本  拡大へ 関戸古今 染 書手本  拡大へ
55項淡緑 54項濃緑 49項濃茶 48項濃茶 47項濃茶 46項淡茶 45項淡茶 44項淡茶 43項淡茶 42項淡茶 41項淡茶 40項淡茶
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95項淡緑 94項淡緑 93項淡緑 92項淡緑 91項淡緑 90項濃緑 89項濃緑 88項濃緑 87項濃緑 86項濃茶 83項黄土 82項黄土
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97項濃緑 96項淡緑          

 
昭和初期模写本 関戸本古今集(右項は個人蔵、左項は所在不明の断簡部分) 

        47項(濃茶)             46項(淡茶)

関戸古今 染 濃茶 淡茶 書手本  拡大
清書用 
関戸古今 染 淡茶  拡大へ
淡茶
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濃茶


本文解説
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           かな                            
使用字母        解釈(現代語訳)へ

         とものり

208

 秋風に はつかりのねぞ きこゆ

 なる、たがたまづさを かけてき

 つらむ

   だいしらず   よみびとしらず

209
 わがかどに いなおほせどりの なく

 なへに、けさふくかぜに かりはき

 にけり

210
 いとはやも なきぬるかりか しらつ

 ゆも、いろどるきぎも もみぢあへ

 なくに

    又は、秋はぎの したばもいまだ

        もみぢあへなくに

211
 はるがすみ かすみていにし かりがね 

 は、いまぞなくなる あきぎりのうへ

 に

212
 よをさむみ ころもかりがね なく

 なべに、はぎのしたばも いろ

 づきにけり



         止毛乃利

208

 秋風爾 者川可利乃禰曾 幾己由 

 奈留、多可太万川左遠 可希天支

 川良无

   多以志良春   與美比止志良春

209
 和可々止爾 以奈於保世止利乃 奈九

 那部爾、希佐不久可世爾 加利者支

 爾个利

210
 以止者也毛 那支奴留加利可 志良徒

 由毛、以呂止留幾々毛 々美遅安部

 那久爾

     又者秋者幾乃之太盤毛以末多

        毛美知安部奈九二

211
 者留可春美 々々々天以爾之 加利可年

 盤、以末曾奈九那留 安幾々利乃宇部

 耳

212
 與遠佐無見 己呂毛可利可禰 奈久

 奈部爾、者幾乃之多盤毛 以呂

 川支爾个利



関戸古今 46項(淡茶;2枚目裏面) 47項(濃茶;1枚目表面)
                                                        
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たまづさ
玉梓;古来ふみを運ぶのに梓の木の枝に結び付けて届けたことによる。文。消息。

いなおほせどり
稲負鳥;稲が実る頃にやって来る渡り鳥。
が実態は不明
稲穂を背負って運んで来る鳥の意か。

なへ;・・・とともに。・・するにつれて。
或は「なべ;野辺」


敢へ無くに;どうにも対処できない。あっけない。


往にし;過ぎ去った。昔の。










 

             現代語訳
 

        解釈           使用字母へ
 


                      紀友則


208
「秋風に初雁の音ぞ聞こゆなる、誰が玉梓を掛けて来つらむ」
秋風の中に初雁の声が聞こえるようだ、誰の手紙を掛けて雁はやって来たのだろう。


  お題不明              詠み人不明

209
「我が門に稲負鳥の鳴くなへに、今朝吹く風に雁は来にけり」
我が家の門に稲負鳥が鳴くにつれて、今朝吹く風と共に雁がやって来たという事であるなあ。


210
「いと早も鳴きぬる雁か白露も、彩る木々も紅葉敢へなくに」
こんなにも早く雁が鳴いているようですよ、白露も彩るはずの木々も張り合いが無いでしょうに。

  又は、「秋萩の下葉も未だ紅葉敢へ無くに」
     (秋萩の下葉もまだすっかり紅葉し切っていないのに)

211
「春霞霞て往にし雁が音は、今ぞ鳴くなる秋霧の上に」
春霞の様に霞んで行ってしまった帰雁が、今まさに鳴いているよ秋霧の上空で。


212
「夜を寒み衣雁が音鳴くなべに、萩の下葉も色付きにけり」
夜が寒いので衣や雁が鳴くにつれて、萩の下葉も色付いておりますよ。


 


208
(秋風の中から今年最初の雁の鳴き声が聞こえるようだ、誰の手紙を足に掛けて雁は飛んで来たのだろう。)との意。

つらむ;…たのだろう。…ただろう。確述完了の助動詞「つ」の終止形「つ」に推量の助動詞「らむ」、今起こっている事柄に対する推測を表す。

209
(我が家の門口の辺りで稲負鳥が鳴くにつれて、今朝から吹いている秋風と共に雁がやって来たという事であるなあ。)との意で、秋風の中に雁の飛来を詠んだ歌。

なへに;…と共に。…するにつれて。活用語の連体形に付き、その状態と後に続く状態とが並行する意を表す。「な」は「の」の意、「へ」は「上」の約音。

210
(こんなにも早くに雁がやって来て、もう鳴いているようですよ、秋を彩るはずの木々も白露もフライング気味の雁の鳴く声に、こちらはまだ準備してないのにと期待はずれで拍子抜けするでしょうにネ。)との意。

又は、(秋萩の下葉もまだ色付いていないのに)との意。

211
(春霞の中ぼんやりと霞んで消える様にして帰って行った雁が、姿は見えないが今まさに秋霧でかすむ上の方から鳴いているのが聞こえて来るよ。)との意。


212
(夜が寒くなって来たので衣を打つ砧の音や雁の鳴声が聞こえて来るにつれて、萩の下葉も紅葉しておりますよ。)との意。

…を…み;…が…なので。「…を…み」の形で原因・理由を表す。

なべ;「なへ」に同じ。…するにつれて。清音の方が通常。

 

きのとものり
紀友則;平安時代前期の歌人で、三十六歌仙の一人。宇多・醍醐両天皇に仕え、従兄弟の紀貫之らと共に古今和歌集撰者の一人であるが、集の完成を見ずに亡くなる。格調高い流麗な歌風で、古今集をはじめ勅撰集に64首入集。家集に友則集が有る。生年845年頃〜没年905年。

昔、中国は漢の國の蘇武が匈奴の国(胡国)に囚われの身となっていた時に、雁の足に手紙を付けて故郷(故国)に伝えたと云う故事を踏まえての歌。

いなおほせどり
稲負鳥;古今伝授中の三鳥の一つ。すずめ・とき・せきれいなどに充てる説もあるが詳細は不明。古歌に多く詠まれる。

                                       
きぬた
衣;「衣打つ」の意。衣服の糊を柔らかくし、又布につやを出す為に砧で打つ。その音は秋を告げる景物として古来詩歌に多く詠まれている。


                                                        ページのトップへ
 

実際の帖ではこの並びが右からの捲りとなります。

ハクビ製臨書用紙は表面加工のみ(片面加工)で、
濃淡合わせて、五色八種類50枚入りが実際の清書用臨書用紙となります。


昭和初期模写本 関戸本古今集(左項は所在不明の断簡部分、右項は現存)

        87項(濃緑)             86項(濃茶)

関戸古今 染 濃緑 濃茶 書手本  拡大
 清書用
 関戸古今 染 濃茶  拡大へ
濃茶
関戸古今 染 濃緑  拡大へ
濃緑

本文解説
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          かな                             
使用字母        解釈(現代語訳)へ

   
(寛平の御ときのきさいの宮)

   のうたあはせのうた

     すがののただおむ


816

 つれなきを いまはおもはじと 

 おもへども、こころよわくも おつる

 なみだか


   だいしらず   伊せ

817
 ひとしれず たえなましかは 

 わびつつも、なきなそへまだに

 いはましものを

        よみびとしらず

1086
 かみがきの みむろのやまの さか

 きばは、かみのみむろに しげ

 りあひにけり

1087
 霜は度 おけとかれせぬ さかきばは、

 たちさかゆべき かみのきねかも

1088
 まきもくの あなしのやまの 
 
山かづら
 かや ひともみるがね やまかづらせよ

1089
 みやまには あられふるらし と



   
(寛平乃御止幾乃幾佐以乃宮)

   乃宇多安八世乃宇堂

      春可乃々太々於武

816

 徒連奈支越 以末者於裳盤之東

 於毛遍止无、己々呂與和久毛 於徒留

 奈見多可


   多以志良春   伊世

817
 比止之連数 多盈奈末之可波 

 王比徒々裳、奈支那曾部末堂耳

 以者末之毛乃乎

          與美飛東志良春

1086
 加美加支乃 美无呂能也末乃 佐可

 幾盤々、閑見乃三武呂爾 之遣

 利安比爾个利

1087
 霜八度 於个止可礼世奴 左可支八々、

 太知佐可由部支 閑美乃支子加裳

1088
 末紀裳倶農 安奈之乃也万乃
 
山加川良
 閑宅、悲止毛美留可禰 也万可川良世與

1089
 美也万仁盤 阿良礼不留良之 東



関戸古今 86項(濃茶;2枚目裏面) 87項(濃緑;2枚目裏面) 右項は第六折、左項は第七折になる。

                                    
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黄字は前項に有














 な
 
無き名;ぬれぎぬ。身に覚えのないうわさ。


詫びつつ;寂しく心細い思いをしながら。

云わましものを;もし言えるのならば声にして言いたいのだけれども。


神垣の;枕詞。「みむろ」「みむろの山」などにかかる。

榊葉;常緑樹で照りのある葉。神事に用いる。



かもがはら
賀茂河原;賀茂の河原

やまかづら
山鬘;ヒカゲノカズラで結った鬘。髪飾り。神事に用いた。






              現代語訳
 
        解釈           使用字母へ 

  寛平の御時の后の宮の歌合せの歌

                     菅野忠臣

816
「つれなきを今は思はじと思へども、心弱くも落つる涙か」
無関心な事を今は考えまいと思ってみても、意志が弱いのか落ちる涙であることよ。


  お題不明              伊勢

817
「人知れず耐えなましかば詫びつつも、無き名添へ間だに言はまし物を」
若し人知れず堪える事が出来たならばと思い煩いながらも、根も葉もない噂が付きまとう間だけでも言えたらよかったのに。


                     詠み人不明

1086
「神垣の御室の山の榊葉は、神の御室に茂り合いにけり」
御室山の榊の葉は、神社の辺りで一面に茂り合ってしまったことよ。



1087
「霜は度置け解かれせぬ榊葉は、立ち栄ゆべき神の巫覡かも」
霜の度に解離することも無い榊の葉は、必ず茂り栄えようとする神に仕える人々なのかも。


1088
「纏向の穴師の山の山蔓、人も見るがね山蔓せよ」
纏向の穴師の山の山蔓なので、人も見ているだろうからね山蔓を頭一杯に飾り付けなさいよ。


 


816
(私に無関心なあの人の事を今はもう恋しく思わないようにしようと思ってみても、決心が鈍って情けなく落ちる涙であることよ。)との意。

つれなき;関心が無い。よそよそしい。冷淡だ。形容詞「つれなし」の連体形「つれなき」の後に体言「人」や「事」などが省略、語源は相手の居ないことを示す「連れ無し」。

817
(若し人に知られないよう秘かに我慢する事が出来たならばと思い悩みながらも、根も葉もない噂が付きまとう間だけでもお慕い申しますと言えたらよかったのに。)との意で、現実的ではない胸の内を詠んだ歌。

ましかば…まし;もし…だったなら…だろう。事実に反する事や実現しそうにない事を仮に想定し、その上に立って推量し想像する意を表す。


1086
(御室山の榊の葉は、神社の辺りで何時までも繁栄するかのように一面大いに繁ってしまったなあ。)との意。

神垣の;枕詞。「御室の山」に掛る。
にけり;…てしまったことだ。何かに気づいて詠嘆を表す意。完了の助動詞「ぬ」の連用形「に」に過去の助動詞「けり」の付いたもの。

1087
(霜が置かれる度に紅葉して落葉することも無い榊の葉は、必ず繁茂して繁栄しようとする神に仕える人々なのかなあ。)との意。

かも;…だろうかなあ。詠嘆をしながら疑問の意を表す終助詞。係助詞「か」に終助詞「も」の付いたもの。

1088
(纏向の穴師の山の山蔓なので、人も見ているだろうからね山人と人も見間違えるくらいに山蔓を頭髪一杯に飾り付けなさいよ。)との意。

がね;…であろうから。動詞の連体形に付きその理由や目的を表す。

 

すがののただおみ
菅野忠臣;平安時代前期の歌人。詳細は不明、古今和歌集に入集しているのはこの歌1首のみ。寛平御時后宮歌合の歌であるから班子女王との何らかの繋がりが在ったか有力歌人の友人であった可能性もうかがえる。生没年不詳。


いせ
伊勢;平安中期の歌人で三十六歌仙の一人。伊勢守藤原継蔭の女(娘)で宇多天皇の子供(行明親王)を産んで伊勢の御とも称されたが、皇子は早くに亡くなってしまう。同じく三十六歌仙の一人である中務の母でもある。元々は宇多天皇の中宮温子に仕えていたが、やがて天皇の寵愛を得る事となった。更に後には敦慶親王と親しくなり生れたのが中務となる。古今集時代の代表的な女流歌人で、上品で優美な歌を得意として古今和歌集以下の勅撰集に約180首もの歌が残る。生没年不詳、877年頃〜938年頃。


さかき

榊;古くは常緑樹の総称で、常葉木とも。神事に用いる木。狭義ではツバキ科の常緑樹で、木綿・紙垂などを付けて神にささげる玉串と呼ばれる枝葉を神事に用いる。又、五色の幣帛などを付けて真榊と称し神前の装飾ともされた。ヒサカキも同じ様にして用いられた。

 き ね
巫覡;神に仕える人。巫女や社人。

まきもく      まきむく                           すいにん    けいこう
纏向;歌枕。「巻向」とも。奈良県桜井市穴師一帯の呼び名。垂仁天皇・景行天皇の皇居に有った地。


                                                        ページのトップへ
 


昭和初期模写本 関戸本古今集(所在不明の断簡部分) 

        89項(濃緑)            88項(濃緑)

関戸古今 染 濃緑 書手本  拡大
清書用
 関戸古今 染 濃緑  拡大へ
濃緑

本文解説
使用字母へ


           かな                            
使用字母        解釈(現代語訳)へ
1089
 みやまには あられふるらし と

 やまなる、まさきのかづら いろづき

 にけり

1090
 みちのくの あだちのまゆみ 

 我ひかば、すゑさへよりこ しのび

 しのびに

1091
 わがかどの いたゐのしみづ さとと

 ほみ、人しくまねば みくさおひ

 にけり

   ひるめのうた

1092
 ささのくま ひのくまかはに こまとめ

 て、しばし水かへ かげをだにみむ
   
かへしもの
   翻物の歌

1093
 あをやぎを かたいとによりて う

 ぐひすの、ぬふてふかさは むめの

 花がさ

1094
 まかねふく きびのなかやま おびに


1089
 美也万仁盤 阿良礼不留良之 東

 也末那留、末佐支乃可川良 以呂徒


 爾遣梨

1090
 美遅乃倶農 安堂々乃万由三 

 我比可盤、春衛佐部與利己 志乃比

 々々々二

1091
 和可々止乃 以多井乃志美徒 左止々

 保美、人之久末禰盤 見久佐於比

 耳遣利

   比留女乃宇堂

1092
 左々乃久末 比乃久末加波爾 己末止女

 天、志者之水可部 閑个遠多爾美武

    翻物哥

1093
 安遠也幾乎 可太以止爾與利天 宇

 九比春乃、奴不天布加左波 武女乃

 花可佐

1094
 末加禰不久 幾比乃奈可也末 於比仁



関戸古今 88項(濃緑;2枚目表面) 89項(濃緑;1枚目裏面)

                                     
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板井;板で囲った井戸。





人し汲まねば;「し」は強調の間接助詞


 
    
さ檜の隈;檜の訛ったもの。「さ」は接頭語。
奈良県高市郡明日香村檜前。


こま
駒;馬。

水飼へ;馬に水を飲ませて。

青柳;春芽吹いた頃の柳。


かたいと
片糸;柳を縦糸に見立てたもの。



真金吹く;枕詞。
「吉備」、「丹生」にかかる。
(鉄を精錬すること。)


吉備の中山;岡山県津山市一宮にある中山神社の辺りの一帯。




              現代語訳
 
        解釈           使用字母へ 

1089
「深山には霰降るらし外山なる、柾木の葛色付きにけり」
深山の方では如何やら霰が降っているらしい、人里近くの山の柾木の葛が色付いてしまっておりますよ。


1090
「陸奥の安達の真弓我引かば、末さへ寄子忍び忍びに」
陸奥の安達の真弓の弓を若し私が今引いたならば、従者である私は末代までさへも人目を避ける事に。


1091
「我が門の板井の清水里遠見、人し汲まねば水草生ひにけり」
我が家の門の近くにある板囲みの井戸を里の見渡せる遠くから眺めると、湧き出る清水を人が汲まないので水草が茂っているなあ。


  日霊の歌

1092
「笹の隈檜前川に駒止めて、暫し水飼へ影をだに見む」
笹の隈にある檜前川に馬を止めて、暫く馬に水を飲ませて姿だけでも見るとしよう。


  翻物の歌

1093
「青柳を片糸に縒りて鶯の、縫ふてふ笠は梅の花笠」
青柳を片糸に捩じり合せて、鶯が縫い上げると云う笠は梅の花笠ですよ。


1094
「真金吹く吉備の中山帯にせる、細谷川の音の清けき」
吉備の中山の帯びている、流れの細い小川の音の清らかなすがすがしさよ。


 

1089
(山奧の方では如何やら霰が降っているに違いない、人里近くの山にある柾木の葛が綺麗に色付いてしまっておりますのでね。)との意。
とやま
外山;人里近くにある山。人里から草木の様子を見渡せる範囲の外れにある山=端山。其れより遠く離れた山の奥が深山。

817
(陸奥の安達の檀で出来た弓を若し今私が引いたならば、従者である私は末代までも人目を避けてひっそりと暮らす事に成るだろう。)との意。
 よりこ
寄子;仮の親子関係として結ばれた主従関係などで、主君を寄親、従者を寄子と称した。

1091
(我が家の門の近くにある板囲みの井戸を、里の見渡せる遠くから眺めて見ると、湧き出る清水を一人として人が汲まないので水草が茂っていることだなあ。)との意。

ひるめ         あまてらすおおみのかみ
日霊;日の女神。天照大御神を称える語。この頃各部族の太陽神を大和朝廷が尊崇していた日霊に統一されていったものと思われる。

1092
(笹の隈にある檜前川の畔に馬を繋ぎ止めて、暫く馬に水を飲ませることにしてその馬の姿だけでも眺めるとしよう。)との意。

又は、(檜前川の隈笹の茂る湾曲部分に馬を止めて)との意とも。

1093
(芽吹いたばかりの青い枝垂れ柳を片糸として捩じり合せて、鶯が縫い上げると云う笠は梅の花笠だという事ですよ。)との意。


1094
(吉備津神社の裏手の山の帯びている、細谷川を流れる音のなんと清らかですがすがしさを感じることよ。)との意で、神々しさを詠んだ歌。

真金吹く;枕詞。鉄の産地である「吉備」「丹生」に掛る。

吉備の中山;歌枕。備前・備中・備後・美作の古代吉備文化の中心地。

 

あ だ ち
  まゆみ  あ だ た ら ま ゆ み
安達の真弓;安達太郎檀弓とも。万葉以前に陸奥の安達郡から檀の木を原料として製出した弓。

ささのくま                     あすかむらひのくま
笹の隈;さ檜の隈のこと。奈良県高市郡明日香村檜前を指す。古歌に詠まれる。

かへしもの
翻物の歌;返し留めを盛り込んで読んだ歌。裁縫で縫い終わりを2・3針元縫い合わせた方へ縫い戻り、糸が抜けないようにすること。鶯が梅の小枝を下の方から上の方へ小刻みに飛び渡って行く様子を、花笠を編み上げる様子に喩えて詠んだ物。


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臨書用紙には、艶のある濃緑の染紙が12枚、淡緑の染紙が9枚入れてあります。
通常一束分で両面加工の料紙、濃緑2枚・淡緑2枚です。片面加工の臨書用紙ですと都合8枚必要となります。(濃緑4枚・淡緑4枚)

昭和初期模写本 関戸本古今集(左項は個人蔵、右項は所在不明の断簡部分) 

        91項(淡緑)             90項(濃緑)

関戸古今 染 淡緑 濃緑 書手本  拡大
清書用
 関戸古今 染 濃緑  拡大へ
濃緑
関戸古今 染 淡緑  拡大へ
淡緑


本文解説
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           かな                            
使用字母        解釈(現代語訳)へ

1094

 
まかねふく きひのなかやま おびに

 せる、ほそたにがはの おとのさや

 けさ

   このうたは承和の御べのきびのく

    にのうた

1095
 みまさかや くめのさらやま さらさら

 に、わがなはたてじ よろづよまで

 に

   これは貞観の御べのみまさかの

        うた

      みちのくうた
1099
 あぶくまに きりたちわたり あけ

 ぬとも、きみをばやらし まてば

 すべなし

1100
 みちのくは いづくはあれど しほが
    
う ら
 まの、あさこぐふねの ふなでかな

 しも

1101
 わがせなを みやこにやりて しほが



1094

 
末加禰不久 幾比乃奈可也末 於比仁

 世留、保曾堂何可波乃 於止乃左也

 遣散

   己乃宇太波承和乃御部乃支比乃久

   爾乃宇堂

1095
 美末佐可也 九女乃左良也万 佐良々々

 爾、和可奈者多天志 與呂徒代万天

 耳

   己礼盤貞観乃御部乃美末左可能

         宇堂

       美遅乃久宇太
1099
 安不倶万仁 幾利太知和多利 安个

 奴止无、幾三越者也良之 末天波

 春部奈之

1100
 美知乃九八 以川久波安礼止 志保可
     
宇 良
 万乃、安佐己久不年乃 不那天可那

 志裳

1101
 和可世奈遠 美也己爾也利天 志保可



関戸古今 90項(濃緑;1枚目表面) 91項(淡緑;1枚目裏面) 

歌1094と同様の歌、万葉集7 「大君の三笠の山の帯にせる細谷川の音のさやけさ」、参考に歌ったものと思われる。
                                                                    
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黄字
は前項に有

細谷川;流れの細い谷川。

じょうわ にんみょう
承和;仁明天皇朝の年号。(834〜848)



おほむべ ふこ
御部;封戸としてのへひと。

久米の皿山;歌枕。岡山県久米郡佐良山村皿の辺りの山。

じょうがん
貞観;清和天皇朝の年号。(859年4月15〜877年4月16)一部陽成天皇

   
みづのをのみかど
清和天皇;水尾帝
。(850年〜880年、在位858〜876年)


いづく
何処はあれど;多くある中でも特に良い。

かな
哀しも;心にしみて強く惹かれる。興味深く面白い。



兄な;女性が夫、兄弟、恋人などを親しんで呼ぶ称。








              現代語訳
 
        解釈           使用字母へ 

1094
「真金吹く吉備の中山帯にせる、細谷川の音の清けき」
吉備の中山の帯びている、流れの細い小川の音の清らかなすがすがしさよ。


  この歌は承和の御部の吉備の国の歌

1095
「美作や久米の皿山さらさらに、我が名は立てじ万代までに」
美作の久米の佐良山じゃあないが、決して評判に成りたいが為じゃあないですよ、永代までも。


  この歌は貞観の御部の美作の歌


  陸奥の歌

1099
「阿武隈に霧立ち渡り明けぬとも、君をば遣らし待てば術なし」
阿武隈に一面霧が立ち込めて晴れ渡らないとしても、君だけを遣わせるばかりで待てば為すべき手段が無い。


1100
「陸奥は何処はあれど塩釜の、浦こぐ舟の船出かなしも」
陸奥は他の場所はともかく、塩釜の浦を漕いで行く舟の船出は心に染みて感じられることだなあ。


1101
「我が兄を都に遣りて塩釜の、籬の島のまつぞ悲しき」
私の夫を都に送り出したので、塩釜の籬の島の松の木が悲しく映る事ですよ。


 

1094
(吉備津神社の裏手の山の帯びている、細谷川を流れる音のなんと清らかですがすがしさを感じることよ。)との意で、神々しさを詠んだ歌。

真金吹く;枕詞。鉄の産地である「吉備」「丹生」に掛る。

吉備の中山;歌枕。備前・備中・備後・美作の古代吉備文化の中心地。

1095
(美作にある久米の佐良山じゃあないが、決して名声を立てたい訳じゃあないですよ、この後ずっと何時まででもね。)との意。
さらさら
更々に;全く。決して。後に打消しの語を伴っての場合。

じ;…ないつもりだ。…すまい。打消しの意思を表す特殊型助動詞。

1099
(阿武隈に一面霧が立ち込めて晴れ渡らないとしても、君だけを遣わせるばかりで仮に待ったとしても為すべき手段が無い。)との意。

ひるめ         あまてらすおおみのかみ
日霊;日の女神。天照大御神を称える語。この頃各部族の太陽神を大和朝廷が尊崇していた日霊に統一されていったものと思われる。

1100
(陸奥の地は他の場所ではどうだか知らないが、ここ塩釜の浦を漕いで行く舟の船出の景色は、うら悲しくも心に染みて感じられることだなあ。)との意で、漕ぎ出る舟に言いようのない寂しさを感じ取って読んだ歌。


1101
(私の夫を任地の都に送り出したので、塩釜の籬の島の夫婦の間を隔てる様な垣根越しに覗く松の木が夫を待つ我が身と相まって一層悲しく見える事ですよ。)との意。

まつ;「松」と「待つ」との掛詞。

 

 く め
  さ ら や ま 
久米の佐良山;歌枕。岡山県北部、昔の久米郡佐良山村字皿にある山。

みまさか
美作;旧国名で、713年に備前より独立した山陽道八か国の一つ。現在の岡山県北部地方の名称で国府は津山市に有った。作州とも。

あぶくま
阿武隈;現在の福島県中央を流れる阿武隈川の流域一帯を広く指して云う。嘗ては葉タバコの栽培や牛の放牧が盛んであった地域。

みちのく  む つ  りくちゅう りくぜん  いわしろ  いわき
陸奥;陸奥・陸中・陸前・岩代・磐城の五か国を指す。現在の東北地方太平洋側の青森・岩手・宮城・福島の四県に当たる。都から見て関を越した道の更に奥の方にあるからとの意。各国の街道を通り越した東山道のどん詰まり勿来関を越した先にあるから言った。

まがき 
籬;芝や竹などで目を粗く編んで作った垣根。古歌に詠まれる。



                                                        ページのトップへ
 

臨書用紙には、艶のある淡緑の染紙が9枚入れてありますります。
一束分で両面加工の料紙、濃緑2枚・淡緑2枚です。片面加工の臨書用紙ですと都合8枚必要となります。(濃緑4枚・淡緑4枚)




昭和初期模写本 関戸本古今集(右項は個人蔵、左項は所在不明の断簡部分) 

       93項(淡緑)             92項(淡緑)

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淡緑


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           かな                            
使用字母        解釈(現代語訳)へ

 まの、まがきのしまの 松ぞかなし

 き

1102
 をぐろさき みつのこじまの ひとな

 らば、宮このつとに いさといはま

 しを

1103
 みさぶらひ みかさとまうせ 宮

 ぎのの、このした露は あめ

 にまされり

1104
 もがみがは のぼればくだる 

 いな船の、いなにはあらず この月

 ばかり

1105
 きみをおきて あだしこころを わが

 もたば、すゑの松山 なみもこえ

 なむ

   さがみうた

1106
 こよろぎの いそたちならし いそなつ

 む、めざしぬらすな おきにおれ

               なみ




 万乃、末可支能之万乃 松所可那之

 紀

1102
 遠久呂佐支 美川乃己之万乃 悲止奈

 羅盤、宮己乃徒止爾 以左止以者万

 之遠

1103
 美左不良比 見可佐止万有世 宮

 幾乃々、己能之堂露盤 安女

 爾末左礼利

1104
 裳可見可波 能保連盤久多留

 以奈船乃、以奈爾波安良春 己乃月

 盤可梨

1105
 幾三遠於支天 安多之己々呂遠 和可

 裳多盤、春衛乃松山 奈見毛己要

 奈無

   左可三宇堂

1106
 己與呂幾乃 以所多知奈良之 以所那川

 武、女佐之奴良春奈 於支仁遠礼

                  奈三



関戸古今 92項(淡緑;1枚目表面) 93項(淡緑;1枚目表面)

                                     
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まがき

籬;柴、竹などを荒く組んで作った垣。

島;泉水、築山などのある庭園。

小黒碕;歌枕。
とされるが詳細は不明。三陸海岸の何処か。

密の小島;島の多い様子。

つと
苞苴;土産。
藁などを束ねて作ったものを包むための物

いさ
鯨;鯨の古称


御侍;貴人の側近として使える人。

三笠;近衛の大・中・少将の異称。
天皇の御蓋として近侍する意に掛たもの


宮城野;歌枕。
仙台市の東部。
古代は萩の名所。

 こ 
木の下;

あだしごころ
他し心;浮気な心。

末の松山;歌枕。宮城県多賀城市に在ったと云われる山。


              現代語訳
 
        解釈           使用字母へ 

1101
「我が兄を都に遣りて塩釜の、籬の島のまつぞ悲しき」
私の夫を都に送り出したので、塩釜の籬の島の松の木が悲しく映る事ですよ。


1102
「小黒崎みづの小島の人ならば、都の苞にいさと言はましを」
小黒崎の美豆の小島が仮に人であったのなら、都への土産にいざ共にと言えば良かったのに。
或は
小黒崎の美豆の小島の人ならば、都の土産に「さあねえ」と言ったらよかったのに。


1103
「御侍みかさと申せ宮城野の、木の下露は雨に勝れり」
お付きの人よ御笠をと申し上げよ、宮城野の木の枝葉から落ちる露は雨よりも勝っているので。


1104
「最上川昇れば下る稲船の、否には非ずこの月ばかり」
最上川を昇るものも有れば下るものもある稲船の、その否では有りませんが、今月ばかりはどうかお許しを。


1105
「君を置きて徒し心を我が持たば、末の松山波も越えなむ」
貴方をさし措いて他の人を思う気持ちを持ったならば、かの末の松山を海の波も越えてしまうだろう。


1106
「こよろぎの磯立ち均し磯菜摘む、目刺し濡らすな沖に折れ波」
こよろぎの磯を行き来して磯菜を摘んでいる目刺し髪の子を濡らさないでおくれ、沖の方にある白波よ。


 

1101
(私の夫を任地の都に送り出したので、塩釜の籬の島の夫婦の間を隔てる様な垣根越しに覗く松の木が夫を待つ我が身と相まって一層悲しく見える事ですよ。)との意。

まつ;「松」と「待つ」との掛詞。

1102
(小黒崎の美豆の小島が若し仮に人間であったとしたならば、都への土産話としてさあ共に参ろうと言えば良かったのに。)との意。
或は
(小黒崎の美豆の小島の漁師ならば、都の土産はとの問いに「さあ知らない」と軽く受け流して言ったらよかったのに。)との意、とも取れる。

1103
(お付きの人よ、ご主人様に御笠をお召くださいと申し上げなさい、宮城野の木の枝葉から滴り落ちる露は雨よりも随分とひどいものですから。)との意。

みやぎの
宮城野;現在の宮城県仙台市東方の平野で萩の名所。歌枕。

1104
(最上川を昇る船も有れば下る船もある稲船の、その否のように「いや」という訳では有りませんが、今月ばかりは都合がよくないのでお待ち頂けませんか。)との意の東歌、第三句までは「否」を引き出すための序詞。

1105
(貴方をさし措いて他の人を思う気持ちをもし私が持ったとしたならば、かの末の松山でさへも海の波も越えてしまう程でしょう。そんなことなど有り得ない事なのだけれどね。)との意で、波が山を越してしまう程有り得ないと詠んだ歌。

1106
(こよろぎの磯を地均しするかのように何度も行き来して磯菜を摘んでいる目刺し髪の娘子を濡らさないように、其のまま其処に居ておくれ沖の方に立っている白波よ。)との意。

をれ;「折れ」と「居れ」との掛詞。

 

いさ

鯨;くじらの古称。壱岐風土記逸文よりの引用。と考えれば歌1102は
(小黒崎の美豆の小島の漁師ならば、都の土産に「鯨だ」と言ったら良かったのに。)との意とも取れる。

いさ;答えにくい事をぼかして言ったり、相手の言葉を否定的に軽く受け流したりする時に用いる。

 め ざ
目刺し;子供の額髪を目の上に届く程度の長さで切り揃えた髪型。垂れた髪の毛が目を刺す様な形であることから云う呼び名。

 こ よ ろ ぎ
小余綾の磯;現在の神奈川県中部大磯町から小田原市国府津付近にかけての海浜一帯を広く指して云う。歌枕。

 を  なみ                         なみ
折れ波;折れる様にして崩れる白波。ここでは「居れ波」(その場に居なさい、波よ)の意との掛詞。



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臨書用紙には、艶のある淡緑の染紙が9枚入れてあります。
端数になっているのは、現存する関戸本古今集が完本ではなく欠損部分が存在する為です。




昭和初期模写本 関戸本古今集(右項は個人蔵、左項は所在不明の断簡部分) 

       95項(淡緑)             94項(淡緑)

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淡緑


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           かな                            
使用字母        解釈(現代語訳)へ

   ひたちうた

1107
 つくばねの このもかのもに 影

 はあれど、きみがみかげに

 ますかげはなし

1108
 つくばねの みねのもみぢは おちつ

 もり、しるもしらぬも なべて

 かなしも

   甲斐歌

1109
 かひがねを さやにみしかと けけ

 れなく、よこほりくせる さやの

 なかやま

1110
 かひがねを ねこしやまこし ふく

 かぜを、ひとにもかもや ことづて

 やらむ

   いせうた

1111
 をふのうらに かたえさしおほひ 

 
なるなしの、なりもならずも

 ねてかたらはむ




   比太知宇太

1107
 徒九八年農 己乃裳可乃毛仁 影

 者阿連登、幾三可美加遣耳

 末寸可計盤奈之

1108
 川久者禰乃 美年能裳美知波 於知徒

 裳利、志留毛之羅奴毛 奈遍天

 加奈之裳

   甲斐哥

1109
 加避可禰越 左也爾美之可止 計々

 連奈九、與己保利久世留 佐也乃

 奈可也万

1110
 閑比可年越 禰己之也末己之 不久

 加世遠、悲止爾毛閑毛也 己止徒天

 也良武

   以世宇太

1111
 遠婦農宇良仁 加多要佐之於保比

 
奈留那之乃、奈利毛奈良春毛

 禰天可堂良盤武



関戸古今 94項(淡緑;1枚目裏面) 95項(淡緑;2枚目表面)

                                    
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つくばね

衝羽根;羽子。

此の面彼の面;こちら側とあちら側。



つくばね
筑波嶺;歌枕。筑波山。

 か い が ね
甲斐が嶺;甲斐の国の嶺。富士山及び赤石山脈。
さや
明に;はっきりと。

けけれ
心;心の古称。方言

 さ や なかやま
小夜の中山;歌枕。
静岡県南部掛川市の日坂峠付近の坂道。

 を   
苧(麻)生の浦;歌枕
伊勢の浦の何処。
麻の生えている土地。苧麻の自生地か。

片枝;一方の枝。半分の枝。

黄字は次項に有

              現代語訳
 
        解釈           使用字母へ 

  常陸の歌

1107
「筑波嶺の此の面彼の面に影はあれど、君が御影に増す蔭は無し」
筑波山のこちら側とあちら側とに影は有るけれども、君の御庇護の蔭に勝るものはない。


1108
「筑波嶺の峰の紅葉は落ち積もり、知るも知らぬも並べて愛しも」
筑波山の頂の紅葉は落ちて積み重なってしまったよ、知っている人も知らない人も一様に愛しいものだなあ。


  甲斐の歌

1109
「甲斐が嶺を清に見しかと心なく、横ほりくせる小夜の中山」
甲斐の山をはっきりと見たいと思ったが、思いやりも無く横になる事をする小夜の中山だことよ。


1110
「甲斐が嶺を嶺越し山越し吹く風を、人にもかもや言伝ならむ」
甲斐の山を頂上を越えて山越えて吹いてくる風を、あの人からもこの人からも伝言されるのであろうか。


  伊勢の歌

1111
「麻生の浦に片枝差し蔽い生る梨の、成りも成らずも寝て語らはむ」
麻生の浦の海岸に一方の枝を蔽いかぶせる様にして生えている梨が、成ろうが成るまいが横になって語り合おう。



 

1107
(筑波山のこちら側とあちら側とに日影や木陰は有るけれども、大君のお守り下さる恩恵の傘に勝るものは御座いませんよ。)との意。


1108
(筑波山の頂上付近の紅葉は恋に落ちるかの様に積もり積ってしまったよ、この思いを知っている人も知らない人も誰彼なく一様に訳もなく身に染みて愛おしいものだなあ。)との意。


1109
(富士山をはっきりと見たいと思ったのですが、少しも人情を解さない峠で富士の峰を隠すように私の前に横たわっている「清(さや)」とは名ばかりの小夜の中山であることですよ。)との意。

 さ や  なかやま
小夜の中山;現在の静岡県掛川市の日坂峠付近。歌枕。


1110
(甲斐の山を頂上を越えて山越えて吹いてくる風を身に受けて、次々と私に吹き付けて来るのは、この人からもあの人からも何か言いたい事があると云うことであろうか。)との意。


1111
(麻生の浦の海岸に一方の枝を蔽いかぶせる様にして浜に迫り出して生えている梨の実が、成ろうが成るまいが傍に居る人と成功するも失敗するも横になって語り合うとしよう。)との意で、第3句までは「成りも成らずも」を導き出すための序詞。

かたえ;「片枝」と「片方」との掛詞。

 

ひたちのうた
常陸歌;旧国名常陸國の歌。現在の茨城県の大半、国府は現在の石岡市。平安以降は親王の任地であるが、実際には遥任で介として源氏の佐竹氏や平氏などが土着して治めた。

つくばね

筑波嶺;歌枕。茨城県筑波郡・新治郡・真壁郡にまたがる山で、山頂は男体・女体の二峰に分かれる。筑波山。
筑波山は古くから歌垣で知られ、恋のイメージがある山として知られていた。麓に流れる「みなの川」も「男女川」とする解釈が古くから存在し、ここにも恋のイメージが現れている。
陽成院が光孝天皇の第一皇女、綏子内親王に贈った歌に『筑波嶺の峰より落つるみなの川、恋ぞ積もりて淵となりける』
(筑波山の山頂から流れ落ちるみなの川が、最初は浅い流れであってもやがては深い淵となる様に、私の恋も積もり積もって深い淵となったのだなあ。)の歌があることからも、筑波山には恋に纏わる思いが見て取れる。

かいのうた
甲斐歌;旧国名甲斐国の歌。東海道十五か国の一国で甲州とも。現在の山梨県一帯。中世には源氏の一族武田氏が守護。

いせのうた
伊勢歌;旧国名伊勢國の歌。東海道十五か国の一国で勢州とも。現在の三重県の大半。伊勢神宮の所領が有り、桓武天皇の皇子葛原親王の孫である平高望の子孫の平氏をはじめ、大内氏・平賀氏・仁木氏・土岐氏らが領有していた。

                                                                            
つぶて
梨の意;片枝を差し蔽い生えている梨の木の下で横になって語り合うのであるから梨の実(山梨)が落ちてくるかもしれない。山梨の実は礫程の大きさで簡単に投げられ、梨の礫となる。さて、礫は小石のことで磯に投げつけた小石は返って来る事が無いから、「梨」を「無し」に掛けて全く応答の無い事を「梨の礫」というが、語り合う時には相手からの応答がないのではつまらない。そこで梨の木の下で「語らふ」のである。礫が返ってくるかもしれないと。





                                                        ページのトップへ
 




昭和初期模写本 関戸本古今集(右項は個人蔵、左項は所在不明の断簡部分) 

       97項(濃緑)             96項(淡緑)

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淡緑


本文解説
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           かな                             
使用字母        解釈(現代語訳)へ

 なるなしの、なりもならずも

 ねてかたらはむ


   冬のかものまつりのうた

      ふぢはらのとしゆきの

            あそむ

1112
 ちはやぶる かものまつり
        
よろづよ
 の 姫小松、万代ふとも いろ

 はかはらじ






 古今和歌集







 奈留那之乃、奈利毛奈良春毛

 禰天可堂良盤武


   冬乃可裳乃万川利乃宇堂

      不知者良乃止之由支乃

               安曾無

1112
 知波也不流 可裳濃満都利

 乃 姫小松、万代不止无 意呂

 盤家波羅之






 古今和哥集






関戸古今 96項(淡緑;2枚目裏面) 97項(濃緑;1枚目表面)


97項の裏面には墨入れは無く、99項(濃緑2枚目表面)に次の奥書がある。
                            
ぎ い           しょうめい        さきのないしょうふ
「此一帖四十八枚者権大納言行成卿真跡無疑貽者也。依所望加證明之詞而已。」前内相府源
(花王)
此の一帖四十八枚は権大納言行成卿の真跡に疑貽無きもの也。所望により証明の詞として加うるのみ。

                                     
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 な なし
生る梨の;。

成りも成らずも;木呪に掛けたものか。

きまじなひ
木呪;小正月の行事
果樹の木に頼んだり透かしたりして豊熟を誓わせるまじない。
刃物を持ち木に向かって「成るか成らぬか」或は「成すか成さぬか」と問い、小声で「成ります成ります」と木に代って言う呪。

 かも
賀茂の祭;葵祭。
京都の上賀茂神社、下賀茂神社の祭。

千早ぶる;勢い良くふるまう。

ひめこまつ  
姫小松;子の日の遊びに引く小松。
正月初子の日に千代を祝ってする行事

万代経とも;万年経っても。

前内相府;前内大臣の唐名。
村上源氏中院通村のこと。

              現代語訳
 
        解釈           使用字母へ 


  伊勢の歌

1111
「麻生の浦に片枝差し蔽い生る梨の、成りも成らずも寝て語らはむ」
麻生の浦の海岸に一方の枝を蔽いかぶせる様にして生えている梨が、成ろうが成るまいが横になって語り合おう。


  冬の賀茂の祭の歌

               藤原敏行朝臣

1112
「千早ぶる賀茂の祭の姫小松、万代経とも色は変はらじ」
荒々しい賀茂祭りの姫小松よ、幾つもの御代を経ても常緑で青々としたその色は変らないことだろう。





  古今和歌集


 



1111
(麻生の浦の海岸に一方の枝を蔽いかぶせる様にして浜に迫り出して生えている梨の実が、成ろうが成るまいが傍に居る人と成功するも失敗するも横になって語り合うとしよう。)との意で、第3句までは「成りも成らずも」を導き出すための序詞。

かたえ;「片枝」と「片方」との掛詞。


1112
(勢い盛んな様子の賀茂祭りの姫小松よ、幾つもの御代を経ても何時までも常緑で青々としたその姿が変らない様に、この葵祭も何時までも廃れる事無くご繁栄することだろう。)との意。

じ;…ないだろう。打消しの推量を表す特殊型助動詞「じ」








 

いせのうた
伊勢歌;旧国名伊勢國の歌。東海道十五か国の一国で勢州とも。現在の三重県の大半。伊勢神宮の所領が有り、桓武天皇の皇子葛原親王の孫である平高望の子孫の平氏をはじめ、大内氏・平賀氏・仁木氏・土岐氏らが領有していた。

                                                                            
つぶて
梨の意;片枝を差し蔽い生えている梨の木の下で横になって語り合うのであるから梨の実(山梨)が落ちてくるかもしれない。山梨の実は礫程の大きさで簡単に投げられ、梨の礫となる。さて、礫は小石のことで磯に投げつけた小石は返って来る事が無いから、「梨」を「無し」に掛けて全く応答の無い事を「梨の礫」というが、語り合う時には相手からの応答がないのではつまらない。そこで梨の木の下で「語らふ」のである。礫が返ってくるかもしれないと。

かものまつり               あおいまつり
賀茂祭;京都の賀茂神社の祭。葵祭のこと。五月十五日に上賀茂神社・下鴨神社の両社で行われる祭で、平安時代には祭と云えば賀茂祭を指した。葵祭の名で言われ出したのは近世以降のことで、葵鬘で飾った牛車を中心に平安朝の服装麗々しい供奉の行列が、午前十時半に京都御所の建礼門を出発し、下鴨神社で古式による祭儀を行った後、上賀茂神社に向かう。其々の社前で「社頭の儀」と云われる牽馬・東遊を行う。元々は陰暦四月の第二の酉の日に行っていた。
ひきうま                        くらおおい
牽馬;貴人或は諸侯などの外出時の行列に鞍覆を掛けて美々しく飾り、引き連れて行く馬。
あずまあそび                        あづままい                   こ ま ぶ え  ひちりき  わごん      しゃくびょうし
東遊;平安時代から行われていた歌舞の一種。東舞とも云い、舞四人又は六人で、高麗笛・篳篥・和琴を用い、笏拍子を打つ。初めは東国地方の民間の歌舞であったが、宮廷に採用されて形を整え、神社の祭礼にも奏する。現在では宮中の皇霊祭や日光東照宮祭・賀茂祭・春日祭(春日大社)・石清水祭(石清水八幡宮)・大宮氷川神社祭などに行う。


ひめこまつ
姫小松;子日の遊びに引き抜く小松のこと。宮廷行事の「小松引」は正月最初の子日に野外で遊楽するもので、中国の古俗に倣って丘に登って四方を眺め、陰陽の精気を得れば憂いや悩みを取り除く事が出来ると信じられていた。引き抜いた小松はその芽を食したとも云われる。「姫」は接頭語で(小さい、可愛い)の意。





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